インドには恐ろしい神様が少なくない。とくにいわゆるシヴァファミリーと呼ばれる一団は普通ではない。神様というより悪鬼の集団だ。親分格のシヴァからして、すごいものがある。
めくるめくヒンドゥー世界へ…
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インドでよく見かけるポスターを見れば、その姿は、青い体に虎の皮で作った衣装、あるいはふんどし、無造作に巻き上げた長髪、首にはコブラ、手には三叉の槍、そして弁弁太鼓…。何も知らない人が見れば、これは性質(たち)のよくない何かの宗教と考えるかもしれない。事実、シヴァ信仰というのは、インドにおける異端宗教であった時代もあった。
インドのおもしろいのは、結局、こうした異端の神々がメジャーとなってヒンドゥー世界を牛耳っているところだ。そして、異端の神々の魅力というのは、人間の本音の部分がより強く表現されているところである。インドにももちろん建前があるが、それを超えるほどの本音が神々によって語られていることは非常に興味深い。
さて、本題に入ろう。カーリー女神である。インドでもっとも恐ろしく、そして醜悪でもあり、それでいながら、人気もあり信者数も多いメジャーな神様である。特にベンガル地方で人気がある。
その姿を描写してみると、…がりがりに痩せた真っ黒(または青)な体、上半身は裸で、時にはしおれた乳房をむき出しにしている。首には、生首、あるいは髑髏を数珠繋ぎにして作られた首飾り、時には腰にもいくつもの生首が揺れている。顔も異様だ。目は血に飢えて血走り、まるで蛇のようにちろちろと舌を出す。そして、たいていはシヴァを踏みつける形をとる。まさに鬼婆、いや、そんな生易しいものではない。
ベンガルの首都カルカッタ(コルカタ)には有名なカーリー寺院があり、多くの信者で賑わっているが、この地を訪れれば、カーリーがどんな神様であるのかを、少し理解できるかもしれない。
場所は中心街のやや南、ガンジス川の支流、フーグリー川のそのまた支流のどぶ川が淀んだ場所に、カーリーガートという薄汚い沐浴場がある。寺院はこのガートより5分内陸に歩いた場所にある。この界隈には、あのマザーテレサの施設もあるが、その目の前の路地は完全に売春地帯と化している。通り沿いに、濃い化粧の女たちがうろうろしているので、すぐにそれと分かるほどだ。カーリー寺院はまさにその一角にあるといってもいいのだ。
寺院はそれほど大きくないが、いつも多くの信者たちで賑わっている。ちょっとした行事があるたびに、寺院前に長蛇の列が作られる。カーリー寺院の見ものは山羊の首切りである。これはもちろん、カーリー女神へささげられるものだ。次々と殺される山羊の血がなんとも生臭い。ベジタリアンも多く、平和思想が強いインドにあって、カーリー寺院界隈はかなり特殊な場所だといってよい。
何かの本で、カーリー自身はそれほど古い神様ではない、と書かれていたが、これは単なる勘違いだろう。確かに、カーリーの存在は、古い文献には載っていないのかもしれない。しかし、それは単にカーリー女神がなかなかヒンドゥー主流派に認められなかったためであり、ある一部の人々に熱狂的に信仰されていたことは間違いない。
現在のデカン高原を中心に、タッグあるいはサギーという殺し屋集団がいたことは有名な話だ。彼らが500年以上にわたって殺しまくった人の数は何と百万人以上にも及ぶという。英国統治時代に一応滅んだとされているが、広いインドのことだから分からない。それはともかく、彼ら殺し屋たちによって殺された死体は、やはりカーリーにささげられていたというのだ。
カーリーの姿を眺めていて感じるのは、その信仰の原点にあるのは人食いの風習であるのでは、ということだ。人食いの風習は、インド、ミャンマー国境付近のナガ高地では、つい最近まで普通に行われていたが、インド中央部でもあるいは似たようなことはあったと想像される。古い神話にも、それを想起させる記述もある。
先日この地域を旅したときも、数十年前まで人食いをやっていた村があるんだが、とガイドに誘われたことがある。その時は時間がとれず断ったが、気分は微妙である。おまけに、その道中は虎が出るということで、時間がなくてよかった、と胸をなでおろしたものだ。
あるサドゥー(修行者)からも奇妙な話を聞いたことがある。彼は数十年前に裸の部族民につかまり、あと一歩で食べられるところを、何とか許してもらって開放されたという。やはり、デカン高原奥地の、ジャングルでの話である。
カーリー信仰がヒンドゥーの世界でなかなか承認されなかった理由は、その初期の信者たちが、普通のインド人とは一線を画した部族民であったためではないだろうか。サンタル族という部族民のための紙芝居を見たときも、カーリーそっくりの絵があった(彼らはカーリーではない、と言い張った…)。サンタル族はベンガルからデカン高原東部一帯に住む巨大な部族集団だが、こうしたいくつもの部族に伝えられた鬼女の伝説が、いつかカーリーへと進化したのかもしれない。
そんな怪しげな神様が人々から広く信仰され、愛されるというのがまた、インドの不思議なところでもあり、心惹かれるところでもある。
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(追記)
カーリーの語源はカーラからきている。カーラは黒、そして時間を意味する。そういえば、シヴァもまたマハーカーラという別名を持つ。マハーは「偉大なる」の意味だ。日本では大黒天の名前で知られる(「日本にもいるインドの神様」を参照)。いずれにしろ、カーラというのは最高の尊称であることは間違いない。
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悪霊シヴァの起源
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ダキニ(黒魔術の系譜)
猿の神様ハヌマーン
ナーガ(1)蛇神ナーガの系譜
ナーガ(2)蛇神ナーガと日本
宇宙の主ジャガンナート神
シヴァとビシュヌの子アイヤッパン
インドの神々(概要)
ページ内小さな記事
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没落したインド三大神の一つブラフマー
大地母神チャームンダー
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