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博物館で出会ったヒンドゥーの神々(3)

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2世紀、ウッタルプラデシュ州のクベーラ(ニューデリーの国立博物館)

まったく異形である。皮膚は黒く、腹は突き出し、四肢のバランスもなんだかおかしい。クベーラはヤクシャの王である。ヤクシャというのは夜叉のことで、つまり鬼族の守護神みたいな存在だ。そのヤクシャの王であるクベーラは、まさしく太古インドの支配者のような存在だったかもしれない。

インドの神様には、先住民系の元祖鬼神が大変多いが、 クベーラももちろんその一つ。バラモン時代はたんなる悪魔だったが、仏教から三大神を中心としたヒンドゥー教へと推移する中で北方を守る守護神の地位におさまる。とはいえ、そのあやしげな出自は隠せるはずもなく、ご覧のような居様な姿でまつられることになったが、反対にいえば、あまりに恐ろしげな姿だったからこそ守護神の地位に抜擢されたともいえるだろう。

元祖鬼神に求められたものは力そのものだった。写真のクベーラ像が作られたのは仏教全盛からヒンドゥー教へと移りゆく紀元2世紀。力そのものを探求するタントラ思想黄金期の到来を予感させる非常に力強い彫像である。

クベーラは日本にも伝わった。毘沙門天でもあり、また金毘羅でもある。

毘沙門天は軍神としてまつられ、戦国時代には多くの侍から信仰された。一方、金毘羅は金刀比羅宮(ことひらぐう)の神、「こんぴらさん」として日本中にその名を知られるようになった。

12世紀、西ベンガルのマヒシャスラマルディニ(コルカタのインド博物館)

一見したところ、「おっ、ドゥルガーだ」と思ったが、説明を読むと、違った名前になっている。

「Mahishasuramardini」 そのまま読むと、マヒシャスラマルディとなるのだろうか?ネットで調べると、やはりこれはドゥルガーだと分かった。その意味は「マヒシャを殺すもの」

マヒシャ退治の伝説を簡単に説明しておく。

マヒシャによって天界を追われたインドラがシヴァやビシュヌに援助を求めた。そこで、この二大神が口から発した光から生み出されたのが殺戮の女神ドゥルガー。その他の神々からも、さまざまな武器を与えられ、それらをもって見事にマヒシャを退治した。

いつものように写真の説明をしようと思ったが、今回はやめておく。神々から授かった驚くほどの武器が登場するのだが、煩雑すぎてすべての武器が特定できない。また、武器を特定したところでこれを読んでいただいている方も退屈するだろう。

ところでドゥルガーは、もともとはインド中央部に位置するヴィンディヤ山脈に根付く土着の処女神だったといわれている。酒や肉を好んだとされるが、つまりあやしげな悪鬼の一つである。ドゥルガーが退治したというマヒシャもおそらくは似たような存在であり、つまりドゥルガーとマヒシャの戦いというのは、神々にそそのかされた土俗神どおしの殺し合い、といった性質のものだったのかもしれない。
7世紀、北インドのカールッティケーヤ(ニューデリーの国立博物館)

シヴァとその神妃パールヴァティーの次男、ガネーシャの弟である。軍神として知られる。下に見えるのは孔雀。これがカールッティケーヤの乗り物となる。

カールッティケーヤには別名がたくさんある。スカンダ、クマーラ、南インドではムルガン、そしてスリランカではカタラガマという。でも、これを書くために調べたところ、何とそれ以外にも60もの名前が存在するらしい。このうち、スカンダは、紀元前のインドに攻め入ったアレキサンダー大王を意味するイスカンダルから転じたものだという。インドらしい話である。クベーラの項でも書いたが、神に必要なのは絶大な力である。それがどのような性質であるにしろ、パワーさえあれば、何でも神になってしまう。

カールッティケーヤの仏教名は韋駄天である。

参照− フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
9世紀、ビハール州のマーリーチ(コルカタのインド博物館)

いよいよ、よく分からない神様が登場してきた。マーリーチ。調べてみたが、結局、意味が分からなかったので紹介するのもやめようかと思ったが、どうにも無視できないモノを発見したので、それだけ書いておく。

例によってマーリーチも恐怖の女神のようだ。たくさんの武器を有しているが、そのなかに、一つ奇妙なモノを見つけた。左手一番上、蛇を握っている手の、手首上からのぞいているのは、おそらくキノコの類である。それが武器かどうかは不明だが、少し興味深い。

導き出した結論を書いておく。これは伝説の飲み物ソーマのモデルとなったとされるベニテングダケではないだろうか? つまり幻覚をもよおす毒キノコの一種で、インドの宗教世界では、これと大麻を一緒に服用して強烈な幻覚を作りだしてきた。 古代においては、さらに酒を混ぜ、錬金術さながらに創意工夫されてきたのかもしれない。

とはいえ真相は今のところ不明である。ベニテングダケだったらおもしろいな、というぐらいの話ではあるが…。
12世紀、南インドのナラシンハ(ニューデリーの国立博物館)

魔王ヒラニャカシプを八つ裂きにした半獣半人の神であり、ビシュヌ神の10の化身の一つでもある。

ナラシンハはビシュヌ神の怒りが爆発した姿だといえるだろう。普段、温厚な人ほど怒ると怖いとされるが、これもその一種。アナンタ龍王に抱かれ、寝てばかりのビシュヌだが、怒ると突然ライオンに変身して、何のためらいもなく敵を八つ裂きにしてしまう。想像すると、殺戮の神様がずらりとそろったシヴァファミリーよりさらに怖い。

彫像についての説明はあまり必要ないだろう。右手に持つのはビシュヌの象徴、円盤である。胡坐をかいた両足をベルトでしばりつけているのは、おそらく苦行を意味している。

ナラシンハのシンハはライオンを意味している。ラジプートやシク教徒の男性は名前の最後に「シン」を付けるが、これは獅子、つまりライオンのこと。ライオンのように勇猛果敢な男である証明である。

ちなみに、インドにライオンなんていたっけ、という人がいるかもしれないが、現在も西インドのはしっこ、ギールの森に存在している。昔はインド中にいたらしく、虎と並んで恐れられた。
7世紀、アイホーレ(カルナータカ州)のトリプランタカ(ニューデリーの国立博物館)

この企画に限らないが、書くことによって自分が撮ってきたものを再認識できるというのが、とても大きい。上の写真も、シヴァだな、と思って説明を見ると、トリプランタカという意味不明のタイトルで終わっていた。そのときは、ふ〜ん、で終わったのだが、これを書くために調べてみるとやはりシヴァのことだと分かった。

トリプランタカ、魔神が支配する三つの巨大な城に攻め入るシヴァを意味している。トリが三つ、プラが巨大、という意味だ。ンタカはよく分からないが…。

絵についての特徴をいくつか。シヴァは戦車に乗って、敵に矢を射掛けようとしている。また、弓の下には、見えにくいが、ここにもシヴァの象徴である三叉槍(トゥルシー)。また、足元には小人がうずくまっているが、顔が三面ということなので、ブラフマーかもしれない。

そして一番重要なことは、シヴァが射掛けた矢の先には三つの箱が見える。これが魔神の支配する三つの巨大な城なのだろう。だからこそ、絵のタイトルはトリプランタカとなったのだ。
11世紀、ビハール州のヴァラーハ−アヴァタラ(コルカタのインド博物館)

ビシュヌ10の化身(アヴァタラ)の一つ、猪顔のヴァラーハ。水中に沈んでいた大地をその牙で持ち上げ、救った神である。インド版洪水神話の立役者である。泥のなかをうごめく猪の様子から、こういった神が作成されたと想像できるが、忘れてならないのは、神話が作られたのはずっと昔の紀元前だったということ。洪水神話を真に受けると、それは五千年以上昔の話だったかもしれず、おそらく、当時の野獣というのは、現在とはだいぶ違った姿をしていた。

猪に関して言えば、宮崎駿氏の「もののけ姫」に登場する猪一族のような巨大な猪が、当時のインドを歩いていた可能性があり、それがヴァラーハのモデルになったと想像できる。

彫像に関して少し付け加えておきたい。とくに興味を惹くのはヴァラーハの足元に座るナーガとナーギ、つまり蛇のカップルである。写真を見ると、この蛇神がヴァラーハの足元をしっかりと支えているのが分かる。ヴァラーハは、沈没した大地を救うという事業において、水神であるナーガの力を借りたのである。

10世紀、マディヤプラデシュ州のプリティヴィー(コルカタのインド博物館)

プリティヴィーとしたが、博物館の説明ではVrishadhaとあった。分からないのでいろいろ調べたが、そういった名前は存在していない。博物館側のミスかも知れないし、あるいは誰も知らない名前なのかもしれない。

こちらで調べたところ、おそらくはプリティヴィーだと思ったのでそう書いたが、確証はない。プリティヴィーはインドラの母として知られているが、一説によると、すべての神々の母でもあるらしい。まさに大地母神だが、その名が知られていたのはヴェーダ初期の時代で、その後、衰退していったらしい。

彫像を見てみる。プリティヴィーが何なのかがまず分からないから、ここでは逆に自由な発想でその特徴を追ってみる。

顔は牝牛である。体つきを見れば女神であることはあきらかだが、気になるのは、その手に抱いているのがゾウの子供であること。ゾウ顔といえばガネーシャだが、ガネーシャはシヴァの神妃パールヴァティーの子供である。そのあたりは謎だが、ゾウの子供を抱いている様はとてもほほえましく、優しい。

足元には犬かジャッカルのような顔が見える。表情はいたっておだやかで、女神を慕って甘えているようにも見える。ゾウ顔の子供の上には、さきほどマーリーチにも登場したベニテングダケの姿が見える。さらにその上には髑髏。

その他、天女などさまざまな存在にとりかこまれた女神の表情や漂わせている風情はあくまで静かで、母性的な魅力にあふれている。

(追記)

上の彫像だが、ある人からVrishadhaではなく、Vrishabhaではないか、との指摘をうけた。もう一度調べてみると、博物館側ではなく、こちら側のミスであった。ブリシャバという神である。ただし、その実体はよく分からない。雄牛を象徴する存在だが、上の彫像は雌牛である。ブリシャバはインドの古代占星術に大きな位置を占め、金星と関係がある。また、古代インド占星術の暦では、4月半ばから5月半ばを指す月の名前でもあるらしい。

つまり、さっぱり分からない。まずなにより、雄牛と牝牛では大きな違いがある。また、インド占星術に関しては残念ながら何も知らない。

彫像をあらためて拡大して仔細に観察してみた。足元右に二体、左に一体の動物がいる。右は一つはゾウであり、もう一つは不明だ。馬のような顔でもあり、もっと小さな動物をあらわしているようでもある。左は顔が崩壊しているのでまったく不明だが、あるいはゾウかもしれない。手に抱いているのもゾウで、その他、さまざまな生命に囲まれたその姿は、やはり、すべての神々の母といった感じだ。

ちなみに、この彫像に関する資料をネット上で一つ見つけた。説明からすると、つまり雄牛であるブリシャバ、あるいはシヴァの従者である雄牛ナンディーの女性形だとしているが、だからどうだというのだろう?残念ながら、こちらの疑問に答えるものとはいえない。また、この彫像はヨギニ寺院に安置されていたものだという。ヨギニとは殺戮の女神ドゥルガーの従者である。つまりヨギニ寺院とは、簡単に言ってしまえば、インド版魔女の寺であり、そこで祭られていた神像だというのであれば、さらに謎は深まるばかりだ。

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「博物館で出会ったヒンドゥーの神々」は4回連載です。それぞれ(1)(2)(4)へもどうぞ。


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(当HP内、インド神様記事へのリンク集)

主要記事

殺戮の女神カーリー
ゾウの神様ガネーシャ伝説
シヴァという世界観
悪霊シヴァの起源
じつはインド最強ドゥルガー女神
水の女神サラスヴァティー
ダキニ(黒魔術の系譜)
猿の神様ハヌマーン
ナーガ(1)蛇神ナーガの系譜
ナーガ(2)蛇神ナーガと日本
宇宙の主ジャガンナート神
シヴァとビシュヌの子アイヤッパン
インドの神々(概要)

ページ内小さな記事
(これらの記事は「博物館で出会ったヒンドゥの神々」
各ページ内の特定の場所にリンクしています)


破壊神シヴァの化身バイラヴァ
没落したインド三大神の一つブラフマー
大地母神チャームンダー
殺戮の女神ドゥルガー
天の川の女神ガンガー
鳥の神様ガルーダ
最強の神ハリハラ
生首を手にしたカーリー女神
鬼族の守護神クベーラ
マヒシャを殺す女神ドゥルガー
シヴァの息子にして軍神カールッティケーヤ
半獣半人の神ナラシンハ
猪顔の神ヴァラーハ
シヴァと並ぶ最強最大の神ビシュヌ
リンガ伝説

その他インドの神々関連記事

動物と神様とインド人
日本にもいるインドの神様
ムルガン神の聖地パラニ








サドゥ 小さなシヴァたち

インドの放浪修行者
サドゥの本へのリンクです。
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