インドに行くと、あのキンキラの派手な神様に驚くが、あまりに数が多いのでなかなか覚えきれない。しかし、その主要な神様のいくつかは、じつは日本にも来ていることを知っているだろうか?
その代表格は弁天さん。江ノ島、竹生島、宮島の日本三大弁天が有名だが、探せばいくらでもあるだろう。弁天さんに共通しているのは、その社がたいてい水に関連している場所にあることだ。ひどく暗い谷間などにも見られ、蛇、あるいは白蛇とされる場合も多い。この弁天さん、正式には弁財天と言い、インドのサラスヴァティー女神のことである。サラスヴァティー女神は寺の数こそ少ないが、ポスターなどによく登場する有名な神様で、学問、音楽などを司る才色兼備の女神とされる(サラスヴァティーは謎めいた伏流水ともいわれる。詳しくは、フォトエッセイの「サンガムに集う」を参照)。
弁天さんは七福神の一つだが、大黒天と毘沙門天もやはりインドの神様だ。大黒天は、インド最強の神様シヴァであり、毘沙門天は、あまり有名ではないが、クベーラとされる。大黒天という名前の意味は、マハーカーラ、偉大なる黒を意味する。また、黒は時間でもあり、つまり、時間を支配するシヴァの異名なのだ。
インドでもっとも人気のあるゾウ顔の神様ガネーシャも日本に来ていた。あまり見かけないが、「聖天さん」と呼ばれる神社があれば、それがガネーシャだ。「聖天さん」の正式名称は大聖歓喜天。あまり見かけないが、二頭のゾウが絡み合ったちょっとエロチックな双身像が知られる。
しかし、この程度の話なら、あまり興味を持つ人も少ないだろう。キリストの墓だって日本にある(?)。それよりも興味深いのは、お稲荷さんのことだ。お稲荷さんといえば狐だが、じつはこれも、インド出身である可能性が強い。インドでの名をダキーニー、神と言うよりむしろ悪魔と言ったほうがよく、人の死肉を食べる鬼女である。ジャッカルの精がその根源にあるとされる謎めいた存在であるが、密教伝来とともに日本にやってきたらしい。危険なので、長いあいだ秘仏にしていたのがいつのまにか流出してしまった。実際、ダキーニー自体をまつる神社が日本にはいくつかある。しかしその見かけはお稲荷さんにそっくりなのだ。やはり鳥居がいくつもあり、狐が左右で鋭い目を光らせている。お稲荷さんはダキーニーでは、と思うのも無理はない。
(ダキーニーは殺戮の女神カーリーの侍女とされている)
京都にはお稲荷さんの総本山稲荷大社があるが、その裏山の千本鳥居をご存知だろうか?細い山道に、ずらりと赤い鳥居が並んでいる。裏山は非常に広大で、暗い森のいたるところに、大きな石がまるで墓石のように並んでいる。雰囲気はかぎりなく怪しい。熱心な信者が多く、谷間の聖地でお経を一心にあげていたりするが、しかし、何故お経なのか?ここは神道の聖地のはずである。この辺のことを話し出すときりがないが、簡単に言うと、お稲荷さん(信仰)は純粋な神道とはいえない、ということになってしまう。実際、空海開祖の真言宗とはとても近い関係にある。真言宗というのは日本の怪しげな伝説にはなくてはならない密教の宗派だが、この稲荷大社の裏山は、彼ら密教徒たちの秘密の修行場であった可能性が強そうだ。
そこで、はたしてどんなことが行われていたかは謎である。人によっては、真言立川流のようなことを想像するかもしれない。真言立川流というのは、死体を使った性魔術で、中世に流行したらしい。僕もその可能性を否定はしない。あの墓石のような石の林立を見ていると、少なくとも死体には関連がありそうな気がする。死体といえば、やはり、死肉を食べるダキーニーだ。インドでは、それに関連する死体を使う黒魔術あるいは性魔術が、ちょっと前まで(今も?)行われていたらしい。
お稲荷さんの歴史は、まあ、本当のところは分からない。また、いくらインドの神様といったところで、長い年月を経て、日本風にアレンジされてきた。もちろん弁天さんもそうに違いない。ただ、日本がインドと意外なところでつながっていて、もしかすると、多くの日本人が、そうと知らずにインドの神様を拝んでいるという状況は、なかなか興味深い世界ではある。
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