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三つの川が交わるところに

聖地サンガムに集う

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ガンジス川(ガンガー)中流域にサンガムという聖地がある。サンガムは集団、集合を意味するサンスクリット語で、インドの初期仏教集団のこともサンガと言った。京都パープルサンガのサンガもやはり集団の意味だ。サンガムという聖地にこの名があるのは、ここがガンジス川とヤムナー川とが混じりあい集合する場所であることに由来している。

サンガムには謎の伏流水サラスヴァティー川が別に流れ込んでいるとされる。この川はサラスヴァティー女神自身であり、日本に来て弁天様になった。ガンジス川もヤムナー川もまた女神である。サンガムは女神たちの集合する聖なる場所として、はるか昔から人々の信仰を集めてきた。


                       
仮設の橋を渡る人の群れ

サンガムでは年に一回祭りが行われる。数週間に及ぶ長い祭りで、百万人以上もの巡礼が集まる。また、十二年に一回、クンブメーラーという世界最大の祭りが行われ、数千万人もの巡礼がここを訪れる。数が多ければよいというわけではないが、これだけ大規模な祭りは世界に例がない。

 サンガム周辺は恐ろしく古代的な場所だ。そこに一歩足を踏み入れれば、まるで古代にタイムスリップしたかのような錯覚に陥る。周辺の川原では、祭り期間中、数千ものテントが張り巡らされ、さながら難民キャンプのような風景に変貌する。こんな祭りにやってくるのは、実際難民まがいの貧民ばかりだ。道の両側には得体の知れない乞食が何百人も座り込んでいる(ギャラリー インディアンフリークスに写真があります)。ライ病を患い目と鼻の穴を残して輪郭の消滅した男や両手両足のない男など、とても正視できないような人もいる。これは聖地というより地獄の風景だ。人々は砂煙の舞い上げる荒涼とした大地をサンガムめざしてひたすら歩く。

それにしても、古代の人々はどうしてサンガムに集まったのか?人が集まれば諍いも起こるし、病気も発生する。実際、昔は祭りのたびに疫病が蔓延し、多くの人が死んでいったという。人々は死を賭してサンガムにやってきた。まるで何かに追い立てられるように…。

サンガムに集まる人々を見ていて浮かんだ言葉は「棄民」であった。遠い昔、彼らはどんな事情かは分からないが、それぞれが故郷を追われ、「棄民」としてこの地にやってきた、そんな気がする。彼らの故郷は、もしかしてインド以外のはるか彼方にあったのかもしれない。実際、インドはあらゆる人種の坩堝でもある。西アジアからやってきた者、中央アジアからやってきたもの、東アジアからやってきた者、そしてタミル人の伝説にあるように、失われた大陸から逃げ延びてきた者。


                   巡礼者用のテントがずらりと並ぶ

サンガムはヒンドゥー教発祥の場所の一つであったと思う。今も怪しげな魔力を持ち続けるこの宗教は、非常にネガティブな力をその根源に隠し持つ。人々は死や疫病、貧困などを抱えた「棄民」としてこのサンガムに漂着したのだ。集合を意味するサンガムは、三つの川が出会う場所であるだけではなく、「棄民」たちが集まる一種の避難場所だったのかもしれない。(2004年秋)


(サンガムの祭りは毎年1月から2月の、ヒンドゥー暦マグ月に行われる。誰もが訪れる聖地ヴァラナシからバスでたった3時間。機会があれば行ってみるのもおもしろい。詳細はヴァラナシのガートに座っているバラモンに聞けば教えてくれるだろう。日にちが決まれば、ともかく早朝一番で行くのがおすすめ)







サドゥ 小さなシヴァたち

インドの放浪修行者
サドゥの本へのリンクです。
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