(この記事は本格的にサドゥ撮影する以前に作成したものです)
サドゥーと呼ばれる人々がいる。その姿は異様だ。腰まで届く長い髪の毛、顔面はひげもじゃ、上半身は普通裸で、腰にはオレンジのルンギー(腰巻)、時には虎皮のふんどし、手には三叉戟の槍、そしてずた袋を持つ(大蛇や猿を手に持つサドゥーもいた)。知らない人が見れば、何かの原始部族民のようだが、じつは違う。彼らは出家者、つまり坊主のようなものだ。インド中を放浪してヨーガを習得し、ゆくゆくは不死の術でも身につけようとするのだから、どちらかというと仙人に近い。
サドゥーは普通、家を持たない。基本的には、町なら3日、村なら1日の滞在しか許されていない。許されていないというのは、大昔の何かの本にそう書いているだけで、本当のところ、誰も彼らに罰を下すことは出来ない。何しろ彼らはまったくの自由であり、誰からも一切縛られることはない。食事は、民衆からの善意の施しを受けることになるのだが、サドゥーには遠慮などというものはない。また、タイやミャンマーのお坊さんのような神妙な雰囲気もない。誰も食べ物をくれなければ、店先に行って、「金をよこせ、飯をよこせ」と怒鳴るのである。まるでヤクザのようだが、実際、彼らは様々な魔法を使うと信じられているので、一般人も彼らの要求を拒み通すことは難しい。
サドゥーもごく若い頃は、誰か師匠について共に放浪するらしい。また、サドゥーになるための入門式もないわけではない。しかし、かつて誰の弟子になったこともなければ、入門式を受けたわけでもないサドゥーもまた、いっぱいいる。そんなのはサドゥーではない、という人もいるが、結局何をもってサドゥーとするのか、当のサドゥーでさえはっきりしていない。何らかの制約を作ること自体が、すでにサドゥーの精神に反している。サドゥーはあらゆるものから自由であるべきだ。
結局そすべてはそんな次第だから、サドゥーの世界というのはまったくの謎に包まれている。サドゥー同士のコミュニケーションはあるにはあるが、まったくの孤高を貫き通すサドゥーなんてざらにいる。犯罪者がサドゥーという隠れ蓑を着て、各地を巡り歩く場合もめずらしくない。サドゥーと仲良くした挙句、殺される旅行者も多いという。サドゥーの場合、警察もよほどのことがない限り、取調べや逮捕は難しい。なぜなら、彼らはシヴァやそのほかの神様の直属の部下のような存在であるからだ。
サドゥーは一般的に結婚はしない。一応出家の身である。でも、だからといって、彼らは性エネルギーを否定していない。みんなではないが、一部のサドゥーは怪しげなヨーガを使い、二次元三次元の世界で女神たちと交わるのだという。なかには、それに飽き足らず、本物の女性とともに暮らすサドゥーもいる。僕もかつて、そんなサドゥーを二度見たことがある。女性のサドゥーも何度か見たことがある。でも、それはネパールでのことで、本場インドでは記憶にない。
サドゥーのなかには、さまざまな神秘を引き起こす人もいるらしい。空中浮遊や、水中での長時間仮死状態、あるいは、土のなかに頭を突っ込んで、尻の穴で呼吸するといった荒技もあるという。初代サイババは、自分の腸を口から出して洗浄し、干したあとで戻していたらしいが、本当はどうなのだろう?一部の人は、こうした奇跡を疑問視するようだが、僕は比較的肯定的である。なぜなら、僕は一度たりとも修行をしたわけではないし、信じないという確固とした理由が自分のなかに見出せない。知らないからといって何でも否定するのはつまらないことだ。
よく旅行者のなかに、「本物のサドゥーなんてほとんどいないよ」みたいな話をしている人がいるが、これもまた、あまり意味のある言葉とは思えない。本物のサドゥーとは何なのか、まずそれを知らないことにはどうもならない。サドゥーの起源はおそらく数千年から数万年前にさかのぼるから、サドゥーを知ることはインド文明を知ることにもなるに違いない。彼らはいつの頃からか、突然あらゆる文明に背を向け、好んで「土人」への道をさかのぼり始めた。「土人」という言葉が、この場合はほめ言葉であるのは、この写真(入り口)を見ていただければ理解してもらえると思う。サドゥーたちは灰を体に塗りたくり、時には一糸まとわぬ姿で大地を旅する。
サドゥーを聖者だとする考えが特に外国人に強いが、本当のところ、サドゥーいうのは「土人」回帰を目指した、何かとんでもなく変てこな存在である。ヒンドゥー教は、突き詰めれば、善悪なんて簡単に吹っ飛んでしまう性質をはらんでいるが(宗教とは本来そういうものだともいえるが…)、その鍵を握るのが、この宗教の黎明期から生き残る、サドゥーという存在ではないかと僕は考えている。そのあたりのことはサドゥーだけの問題ではないので、今後、例えば先住民のことなども含めて、書いていこうかと思う。(2004年秋)
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(追記)
2004年に上記のテキストを書いたあと、約2年にわたってガンジス川沿いを旅行し、サドゥーの撮影、取材を行った。旅の模様はブログに少し書いただけで、chaichaiではいまだ発表していない。
サドゥーを追いかける旅のなかで多くのサドゥーに出会い、写真を撮り、さまざまな話を聞いてきた。当然、これまで知らなかったことを多く知ったし、想像していなかったような事実に驚くようなこともあった。
そうした経緯もあって、上記に書いたテキストを書き直したい気持ちもあるが、実際、サドゥーについて書きたいことは数知れずあり、途方にくれてしまう。いずれchaichai以外で発表の場を持ちたいと考えている。
というわけで、2004年に書いた文章は訂正などすることなく、しばらくはこの場に残しておきたい。細部はともかくとしても、大まかなサドゥーのとらえ方としては、まあ悪くはないのでは、と今も思っている。(2007年春)
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(追記2)
2008年1月にサドゥーをテーマとした本「サドゥ 小さなシヴァたち」を出版します。詳細は「サドゥ本出版のお知らせ」ページにてご覧ください。
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(追記3)
サドゥ本を補足する形で「サドゥQ&A」というページを作りました。
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当HPにおける「サドゥ」あるいは「サドゥー」の表記については、
ブログの記事「サドゥか、サドゥーか、サードゥーか」
をご覧ください。
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