ヴァラナシ
シヴァと死者たちの聖地

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ヴァラナシ(ベナレス) VARANASI
朝日が大地から昇ってきた
朝の光の中で
朝日を待つ男

インド第一の聖地と知られるヴァラナシ。日本人にも非常に人気が高い。巡礼がガンジス川で沐浴する様子や沐浴場で大々的に死者を火葬する様子が繰り返し紹介されてきた。そこで必ず紹介される言葉が「生と死」、しかし、これだけ乱用されるとさすがにうんざりした気分になる。「生と死」が交差するのはヴァラナシに限ったことではない。

ヴァラナシの起源については、以前、エッセイのほうに「死者の街バラナシ」として書いたことがある。「ヴァラナシの始まりは岸辺に打ち上げられた死体だったのではないか」、という仮説は僕の勝手な想像であり、そういう意味ではオリジナルのものだと思っている。つまり、生きている人間よりも死者が優遇されるま街、「生と死」ではなく、まさしく「死」をテーマにして形成された街ではなかったのか、といった意味合いでこれを書いた。

二年前に書いたものだが、今も何となくそう考えているからとくに訂正もない。 ただ、二年間にわたってガンジス川を歩いて少し分かったことがあるので簡単に書いておきたい。

ヴァラナシが非常に重要な聖地であることは間違いない。しかしヴァラナシがすべてというわけではない。たとえばガンジス川においては、少なくともアラハバードサンガムハリドワールの聖地としての重要性はヴァラナシと比較しても甲乙がつけがたい。さらに最下流のガンガーサガールや源流のガンゴートリー、あるいはゴームクなど、忘れてはならない重要な聖地がいくらでもある。

ヴァラナシは破壊の神シヴァの非常に暗い面が象徴化された街でもある。しかし、人は案外、暗い世界に惹かれるようなところもあり、だからこそ人はヴァラナシに集まるが、それはある意味、閉ざされた世界でもある。実際、ヴァラナシは旅行者の沈没場所として有名だが、長くいればいるほどやつれ、精気を失っていく人たちも少なくない。

といっても最近は観光地化もすすんでおり、状況は昔とはだいぶ違う。良い意味でも悪い意味でも俗化が進み、その特徴が失われようとしている。

たとえばガートで夕方に行われるアラティー(礼拝)。今ではすっかりヴァラナシの名物となったが、あれはヴァラナシの伝統とはまったくかけ離れたものである。最初に始まったのは、僕が知る限り14年ほど前で、内輪のものを集めたごく小規模なものだった。それがいつの間にか今のように大規模になり、しかも別々のグループが二ヶ所で行うことになってヴァラナシの夜は激変した。はっきり言ってしまえば、ただやかましいだけの街に変貌しつつある。

最近はさらに別のガートでもアラティーを行う動きがあるようだ。すでに日常化している場所もあるかもしれない。「死に彩られた街」ヴァラナシの黄昏は、暗く、そして静寂の中で体験するものだったが、もはやそういう時代ではないのかもしれない。少し残念である。

 
 
霧の朝
ダサシュワメードガートの風景
マニカルニカーガート(火葬場)
 

僕は都合8回ヴァラナシを訪れたが、期間的にはそれほど長くない。全部で二ヶ月程度だろうか。最近も一度訪れたが、主要な被写体であるサドゥがなぜか少なかったので長居しなかった。サドゥにとって、ヴァラナシは重要な聖地のはずだが、先にも書いたようにヴァラナシ自体の観光地化が激しく、喧騒を嫌って離れていくサドゥも多いと聞いた。

(街案内)

街案内は最小限にとどめたい。ヴァラナシをよく知る人はいくらでもいるし、ガイドブックでもネットでも多くの情報が手に入る。

街の中心はダサシュワメードロード。ゴドーリアの交差点からまっすぐこの通りを歩くとヴァラナシ最大のガート(沐浴場)である、ダサシュワメードガートに出る。旅行者のほとんどはこの通りを中心に動き回る。

ダサシュワメードロードの左右の古い市街に安宿が点在する。

川に向かって左手が、黄金寺院として知られるビシュワナート寺院を中心とする旧市街だ。ビシュワナート寺院はヴァラナシでもっとも格式ある寺院であり、巡礼の中心地である。ただし外国人は入れない。また、この一帯はイスラム勢力との確執が激しく、警備も厳重である。さらに寺院から裏手の道を辿って火葬場であるマニカルニカーガートへ向かう辺りも少し治安に問題がある。そんな事情もあり、安宿街としては完全に下火である。散歩に関しては昼間なら、寺院周辺を歩くかぎりはとくに問題はない。しかし、奥まった路地を歩く場合は注意が必要。

一方、川に向かって右手の一帯は、旅行者街としてますますにぎわいを見せている。その中心となるのがベンガリートラという路地。昔は非常に暗い通りだったが、今は激変した。安宿もレストランも充実している。泊まるならこの辺が無難だろう。

少し南に離れたアッシーガート周辺にも外国人用の安宿が増えつつある。ヴァラナシ特有の臭みが薄れるだけで、個人的にはさして魅力は感じないが…。

ヴァラナシは治安の悪い街として有名である。しかし、常識的な行動をとるかぎりはそれほど問題ではない。当たり前だが、アホな連中とは付き合わないほうがよい。また、旧市街一帯に広がる迷路のような路地を探検しようなどとはあまり考えないほうがいいかもしれない。旅行者がいる場所にとどめておくのが無難だ。

 
対岸の朝
 

(散歩コース)

個人的なお気に入りの場所と時間帯についてだけ少し書いておく。

ヴァラナシに限らないことだが、とくに平原部を旅しているときは、毎朝真っ暗なうちに起きるようにしている。理由はもちろん朝日を見るためだ。部屋で外の様子をうかがいながら、少しでも明るくなったら外へ出るが、このとき気をつけたいのが泊まる場所である。

別にここを勧めるわけではないが(実際たいしたことない)、僕はたいていシータゲストハウスという宿に泊まる。場所はベンガリートラから川へ抜ける路地を入ったところの川沿いにある。ダサシュワメードロードから見て、日本人宿で有名な久美子ゲストハウス(結局、ここが一番安全らしい。ただし夜間外出禁止)の手前である。

シータゲストハウスに泊まる理由は、まだ真っ暗な時間帯でも、比較的安全にガートに出ることができるから、というのが一つ、もう一つは屋上から見るガンガーの景色が非常に感動的だからだ。面倒くさければ、外に出ず、屋上から朝日を楽しむだけでも満足できるぐらいだ。似たような環境のゲストハウスはほかにもあるから、いろいろ検討してみてほしい。

宿を出て、そのあとは気分しだいだ。メインガートのほうで写真を撮ることもあれば、川下、つまりアッシーガートまで散歩に出かけることもある。また、久美子ゲストハウスあたりからすぐにボートで川に漕ぎ出すこともある(もちろんボートマンが漕ぐのだが…)。そのまま川を周遊するのが普通だが、すぐに対岸に上陸するのもおもしろい。その場合、少しお金はかかるが、ボートをその場に待たせて、対岸をしばらく散歩することになる。

朝が早いので昼はだら〜と過ごすことが多い。気が向けば、ダサシュワメードガートから火葬場で有名なマルカルニカーガートあたりをうろつき、さらに川上を散歩したり、ビシュヌワート(黄金)寺院周辺の路地に入り込む。ただし、このあたりは全体的に治安がよくない。

夕暮れはなんといっても対岸である。対岸から見ると、時期にもよるが、夕日は川をはさんだ街の向こうへと消えていく。この雰囲気がとてもいい。対岸に行く場合は朝と同じようにボートを待たす。朝や昼間なら対岸でボートを拾えるが、夕方はだんだん人気が少なくなるので、来たボートで帰るのが無難だろう。ちなみにボート代は一時間50ルピーほど。

人気のない静かな場所でのんびりするのは気分がよい。とくに対岸はチャイ屋が一軒あるぐらいのところで、あとはだだっ広い砂地が、まるで砂漠のように続いている。こういう場所が好みかどうかは人によって分かれるところだが、そういった楽しみがあることだけ記しておきたい。

(ヴァラナシの呼び方)

ヴァラナシの呼び名は結構ややこしい。

たとえばガイドブックにはヴァーラーナーシーなどと書かれているが、このまま発音してもインド人に不思議がられるだけだ。バナーラスと表記する場合もあるが、インド人がそのように発音するのはあまり見かけない。また、これはあきらかに間違いだが、バラナシと表記する人もいる(バとヴァはインドではまったく違う音になる)。さらに昔流の呼び方ではベナレスが一般的だが、現地ではまず通じない。では普通にヴァラナシで通じるかといえば、発音しだいでは首を傾げられたりすることもある。

ところが最近になって問題が解決した。ヴァラナシにはいくつかの別名があるが、もっとも一般的なのは光り輝くを意味する「カーシー」である。だからカーシーといえば割と簡単に通じるし、もっと確実に伝えたければ「カーシー・ヴァラナシ」といえばよい。聞く人は「カーシー」の時点で90パーセントは理解するから、「カーシー」のあとがヴァーラーナーシーであろうが、バナーラスであろうが、はたまたバラナシであろうがあまり問題はない。また、「カーシー・ヴァラナシ」という呼び方はとくに巡礼者のあいだでは敬称として一般的であり、現地での受けもよい。おすすめである。

「カーシーヴァラナシ」と似た使い方はほかの街でもある。よく知られているのが、「ジャガンナート・プリー」と「ミナークシ・マドゥライ」である。どちらも神様の名前をまず言って、次に町の名を続ける。通っぽくていいものだ。

 
 
アッシーガートのはずれ
男たち
夕方の街
 



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