アシュラムのあるボジバーサから源流ゴームクまでは約4キロ、歩いて一時間少しである。ガンゴートリーから直接やってくることも可能だが、ゴームクでの宿泊は禁止されているので、何があってもボジバーサまで戻らなければならない。
ボジバーサからゴームクへは荒涼とした殺風景な河原の道をひたすら歩く。途中、右手に尖った山頂を見せるのがシバリンガと呼ばれる山である。そのお膝元にあるのがさらに登った仙境タポヴァンである。
一時間ほど歩くと茶店に出る。軽食やチャイがあるが、営業許可がないので泊まれない。茶店からいくつかの祠を見ながらさらに歩くと、目の前にゴームクの氷河が圧倒的な姿を現す。折り重なりあう氷河が高い壁となって目の前に迫ってくる。かつては氷河からガンジスの水が飛び出してくるのがよく見えたそうだが、現在、源流が左手奥に少し後退して、穴自体は見えない。足場の悪い河原をさらに進むことも出来そうだが、無理は禁物である。事故も多い。
ところで、ゴームクとは「牛の口」を意味している。 背後にそびえるヴァギラティーの山肌に口以外の牛の顔を想定し、水を吐き出す氷河を牛の口にたとえて、そのように呼んでいる。少し遠くから眺めたほうが牛の顔をより実感できるかもしれない。
ガンジス誕生神話を簡単に記しておきたい。
聖人アガスティアが海底に暮らす悪魔を退治するため地球のあらゆる水を飲み込んでしまったのが物語りの始まりだった。悪魔はいなくなったが、同時にすべての水が大地から消えてしまった。当然、地球上の生き物が生死の境をさまようこととなった。
そこで立ち上がったのが苦行者バギラティー。彼は神に祈り、水を地球に与えてくれるようにと苦行に励んだ。それを見た神々は、当時、天の川だったガンガー(ガンジス川)を地球に下ろすことを計画する。しかし問題があった。ガンガーの豊富な水量が一気に地球に衝突することになったら、おそらく地球はその衝撃に耐え切れない。その衝撃に対抗できる存在はシヴァしかいないだろう。とはいえ肝心のシヴァは神妃パールヴァティーに夢中で、地球のことなどにはまるで興味がない。
バギラティーはさらにヒマラヤにおもむき長年にわたって厳しい苦行を重ねた。やがてその苦行はシヴァ神の知るところとなる。シヴァは、自分のために苦行をする者を、ことのほか可愛がる。シヴァはバギラティーからの願いを聞いてやることにした。
そしてガンガー降下の日、圧倒的な水量で地球に落ちてきた天の川ガンガーを、シヴァは自分の長い髪の毛でいったん受け止め、それからゆっくりと地球に下ろすことに成功する。
以上が「ガンガー降下」に関する神話のあらすじである。その様子は南インドのタミル地方にあるマハーバリプラムで再現されている。日本では「アルジュナの苦行」の名で知られるが、神話に基づくなら「バギラティーの苦行」と表現したほうがよいのかもしれない。
ところで、この神話が意味するものはなんだろうか?それはおそらく、ヨーガの真髄についてではないかと僕は勝手に解釈している。この世のエネルギーであるガンガーの流れとそれを制御するシヴァ。シヴァはもちろんヨーガの祖であるが、シヴァを動かしたものはバギラティーの苦行であり、情熱だった。
ゴームクにはヨギ(ヨーガ行者)であるサドゥが数多く訪れる。彼らにとって、ここは特別な場所である。たとえば、リシケシあたりのちまちました道場でヨーガをやるくらいなら、しばらくゴームクを歩き回ったほうがよいのでは、と僕などは思ってしまうが、いかがだろうか。
(注) ヒマラヤ巡礼についておよびチャールダーム近郊の簡単地図もあわせてご覧ください。
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