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カジュラーホー(1)西群の寺院

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ミトゥナ像で世界的に知られるカジュラーホーの寺院群。ミトゥナ像とは、性交をモチーフにした宗教芸術である(1986年世界文化遺産指定)。

寺院群の建造はおもに11世紀。月神チャンドラの子孫を称するラジプート族(クシャトリヤ階級)チャンデーラ王朝によるものだ。

ミトゥナ像の意味はインド人以外の人々からさまざまな解釈を受けてきた。たんに猥雑なものだとバカにするものから、これこそ神との合一だと賞賛するものまでいたようだ。

ミトゥナはインドの生み出したタントラと呼ばれる思想と強い関連がある。その中心にいるのがシヴァ神である。シヴァとその神妃パールヴァティーとの性交から生み出される力、つまり、この世に存在するすべての力を特殊な方法で理解し、崇拝し、ときに利用しようとしてきたのがタントラの歴史であった。それは主に魔術師たちの仕事であり、神秘の国インド、という概念もタントラを通じてより強くなった。またタントラは、ラジプート階級、つまりインドのサムライたちからとくに崇拝された。彼らは、たとえどんなことをしても、敵に勝たなければいけない使命を持っていた。そこで、あらゆる力、能力を手に入れるため、秘法タントラを好み、手を染めた。

インドでタントラ芸術が盛んになるのは7、8世紀から。タントラはある意味、邪教であった。正統派バラモンはこれを忌み嫌っていたが、彼らの権威が失墜してラジプートの時代になることでタントラは急速に広がりを見せるようになった。


タントラ思想から生まれたミトゥナ像はたしかに宗教芸術だったが、そこに猥雑な意味がないわけではない。何しろ当時の(ある意味)野卑なサムライたちが主導して作ったものである。それにタントラを主導した魔術師たちもかなりあやしげだ。ちなみに魔術師というのは、おそらくサドゥーとその周辺に生きる人々を指している。


堂内にもさまざまな彫刻が残されている。まるで月の光に照らし出されたように、暗い堂内に浮かび上がるのが、非常に美しい。


このページで紹介した写真はすべて西群の寺院。見ごたえのある建築が多いが、観光客も多い。「カジュラーホー(2)」のページで少しマイナーな東群、および南群の寺院も紹介している。

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関連ページ 
タントラの主神であるシヴァについては、 「シヴァという世界観」および「悪霊シヴァの起源」にすでに書いています。



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