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酒も飲むし肉も食う

旅行記「サドゥを探しに」
第三章 ケダルナート編の第四話




次の日もまたスミルナートババに会うため丘を登った。クティアの中でチャイを飲み、ポツリポツリと雑談するというのは昨日と同じである。それでも長く座っているうち多少は気心が知れてきたのか、スミルナートババも頻繁に笑顔を見せるようになった。相変わらずたいした会話があるわけではない。あと一ヶ月もすると、近くで牛の放牧が始まること、それを狙ってユキヒョウが現れることなどを淡々とした口ぶりで話してくれた。

「そういえば、昨日は遅くまで丘の上にいたな〜」と僕の顔を見て深く眉間に皺を寄せた。彼は知っていたのである。

「山の中は恐ろしい。野獣も住んでいるし、おかしなサドゥもうろついている。暗くなったら早く街に帰るように」

僕は恐縮して、「分かりました。そうします」と答えるしかなかった。多少気心が知れたといってもその威厳に満ち溢れた彼の印象は少しも色あせることがない。もちろん写真も撮った。とくに嫌がることはなかったが、ファインダーいっぱいに映し出された表情を見て思わず手が震えた(このHPのトップページに掲載中)。


スミルナートババのクティアに座っていた数時間のあいだに何組かの客が来た。そのほとんどはいわゆるイチゲンさんである。普通の巡礼だけではなく警官や軍人も顔を見せた。ある軍人たちに話を聞いてみると、彼らは数日間の配置命令を受けてケダルナートに登ってきたという。ケダルナートは初めてだったが、噂を聞いてさっそくこのクティアにやってきたのだ。

サドゥと軍人、あるいはサドゥと警官の組み合わせというのは少し意外な気がするかもしれない。とくに警官はサドゥの好物である大麻を取り締まる側にある。サドゥの大麻吸引自体は問題ないとしても、そのような場所に警官が気軽に出入りするのは何となく不思議な気がする。でも現実には、サドゥのクティアを訪れる軍人や警官というのは意外に多い。そして彼らはクティアの主に敬意のこもった挨拶を行い、時間が許せばサドゥとともに大麻を吸うのである。

警官や軍人の一部がサドゥに畏敬の念を抱いているのは間違いない。それはどうしてなのか?考えられる一つの要因は、やはりサドゥが持つと信じられている不思議な力にあると思う。

サドゥは平和的思想のみを信条とする人々ではない。彼らが信仰するシヴァ神が戦争と破壊の神であることを考えればそれも不思議なことではない。物静かに端座するサドゥもじつは噴火直前の火山のようにその力を内に蓄え、隠し持っている。サドゥと共に座るときに感じる深い静寂も決して空虚なものではなく、自然界に存在する微細な力のせめぎあう緊張をはらんでいる。クティアはさまざまな力に満ち溢れた場所であり、その力にあやかろうとして軍人や警官がクティアに訪れるのは当然のことかもしれない。



ところでスミルナートババはナートというグループに属するサドゥである。ナガババほど目立つ存在ではないが同じシヴァ派である。ネパールのゴルカ地方に生まれた宗派で、開祖の名前をゴーラクシュナートという。ナートはナガババに比べれば少数派だが、僕個人はスミルナートババ以外にも何人かのナートババ(ナートサドゥ)に接する機会があった。

ナートババは一見ナガババとよく似ていて、見分けるのは結構難しい。分かりやすい特徴としてはナートババが身に付ける大きな耳輪だが、全員がしているわけではない。また、上下あるいは下だけでも黒の衣装を身につけていればナートババの可能性が高いが、人食いサドゥであるアゴーリもやはり黒が基本だ。ただしナートババとアゴーリババは親戚のようなものだと聞いたこともある。あるいはナートババの一変種がアゴーリーババという説もある。

さらにナートババ自身の主張するところでは、ナートババと蛇使いはもともとは同族であったというのである。笛の音でコブラをあやつるあのあやしげな人々である。枝分かれした時期は千年とも二千年とも聞いたが定かではない。それにしても何だかあやしげな話ばかりだ。人食いサドゥに蛇使い、そして耳輪を付けた謎の集団ナート。まるで秘密結社の地下組織図のような様相を呈してきた。

さらに追い討ちをかけるような話だが、ナートババは普通に酒を飲み、そして肉を食う。僕は見ていないが、彼らの集会などでは大麻とあわせて酒と肉が皿に盛られ配られるという。酒も肉は多くの聖地で禁じられている。それを全部やってしまうのだからナートの風習はかなり特殊で生臭い。人食いアゴーリーの場合はこれに人肉が加わるのだろうか。

生臭い話ばかりだが、これもサドゥの一側面である。おそらく彼らの敵は常識である。くだらない社会通念を地下世界から突き上げ挑発する。

スミルナートババからも興味深い話を聞いた。

「そういえば昔、ヒョウの脳髄を祭壇にまつったことがあったかな〜」

詳しく説明してくれなかったのでよく分からないが、このあたりに出没するユキヒョウを誰かが捕まえたので、その脳髄の部分を分けてもらったのだという。それを切り刻んだのかどうしたのかは分からない。それに祭壇にまつったあと、彼はそれをどうしたのだろう?干乾びるまで放置したのか、あるいはすぐに食ってしまったか。





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