chaichai > サドゥを探しにOm Namah Shivaya>サドゥの珍芸
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サントスナートババとの付き合いもそろそろ終わりだ。考えてみれば出会ってからすでに十日を超えている。わがままサドゥとよく付き合ったものである。最後の最後まで、まるで接待旅行のような有様だったが、僕にとって彼らサドゥは大切な被写体であり、お客様である。これをももてなすのは当然のこと。何ごとも「ギブ・アンド・テイク」である。 サントスナートババの生い立ちについても少し触れておきたい。彼もほかのサドゥと同様、自分の過去について語ることがほとんどなかったし、僕からもあえて尋ねることはなかった。それでも一週間以上付き合えば多少の事情は自然と知れてくる。 彼の生まれはインド中央部デカン高原のある小さな村であった。裕福ではなかったそうだが普通に両親があり兄弟があった。彼が片足を失ったのは子供の頃だと思うが僕はその質問を一度もしていない。彼はたぶん子供心に自分の運命を悲観していたことだろう。それで十五歳ぐらいのときに家を出てあるサドゥの弟子となった。それはもちろん彼自身の意思でもあった。サントスナートババの言葉を借りると「神の声を聞いた」そうだ。六年間の修行を終えたあと、彼は師匠のもとを出て放浪の旅に出た。旅は困難の連続であったようだ。 「最初は自分の体をうまく支えられなかったんだよ」と彼は言った。 山のなかで死にかけたこともあったという。そんなときにある人に家で何日も世話になってな〜、と珍しく遠い目をした。数年前には一度実家に帰省している。現在の年齢がたしか三十七歳だから二十年ぶりぐらいだったのではないだろうか。兄弟は家族を持って元気で暮らしているそうだがお母さんは数年前に亡くなっていた。タパヴァンから下りるときに彼はこんな言葉を思わずもらした。 「お母さんをここに連れてきたかったな〜」 サントスナートババの人生は片足を失ったことで大きく変わった。もちろんそれがよかったかどうかは誰にも分からない。ただ彼は片足であるハンディキャップをのりこえ、終わりのない旅を続けるのだ。彼だけではない。サドゥという存在は本来そうした宿命を背負って生きている。みんなどん底を経験している。貧困、家庭問題、人間関係、…絶望の淵をさまよい歩いた末にようやくたどりついた場所がサドゥであった。そこでふたたび大地を踏みしめ、シヴァを通して大地とそれを取りまく森羅万象の意味を知る。そこに絶望した人間たちに与えられた起死回生の最後のチャンスがあるのだ。 サントスナートババと別れる朝になった。 「これからますますパワーアップしてビックサドゥになって欲しいな」 「もちろん。ビックサドゥになったら日本にも行くよ」 「いや〜、でも日本はサドゥでも大麻禁止なんだけど…」 「ノープロブレム!一ヶ月くらいは吸わなくてもやっていけるよ。…おっと忘れていた。ビックサドゥになるにはやっぱり家は必要かな。俺だけの家じゃない。サドゥの家を作って俺がボスになる。今度来たときはぜひ援助してくれ」 まったく飽くことのない虚栄心である。いつかビックサドゥになることもあるだろうか。
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