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ガンゴートリー最後の夜

旅行記「サドゥを探しに」
第二章 ガンガー源流編の第九話




四泊五日の山旅を終え僕たちは無事にガンゴートリーの村に帰ってきた。ガンゴートリーでは二泊して明日からはアマルナートババをのぞく四人でガンジス川を少し下った温泉に遊びにいくことになっている。もちろんサントスナートババの提案である。タパヴァンまで行ったことで自信がついたのか、さらにわがまま度が加速している。まあそれも面白いのでもうしばらく付き合おう。

アマルナートババはというと、いつものように淡々と日々を送るだけだ。昼間川岸から対岸をそれとなく眺めていると、最初に出会った寺院の裏道から彼が歩いてくるのを発見した。あいかわらず地面を見下ろし何かを物色している。と思うと急に動きが止まり、次の瞬間には腰をかがめて何かを拾った。そして拾ったものをしげしげと眺めたあとやがて肩から下げていたバックへとそれは消えた。僕は笑いをかみ殺しながらずっとその様子を眺めていた。


ガンゴートリー最後の夜、僕はIさんとガイドのソンパールと一緒にサントスナートババのテントへと向かう。夕食をご馳走してくれるらしい。しかし食事をするのは五人だけではない。テントの周囲にはさらに五・六人のサドゥが地面にうずくまり、食事をじっと待っている。ショールを頭からかぶったサドゥたちはほとんど身じろぎもしない。真っ暗なので知らない人が見たらぎょっとするような光景である。

サントスナートババは調理中である。僕たちのほかにこれらのサドゥを招いて簡単な食事会を開くのだ。修行を積んだサドゥが自らの威厳を高めるためにしばしば行う慈善事業といってもよい。

「だから俺は金が必要なのだ」とサントスナートババは言っていたが、その言葉は嘘ではない。修行をしっかり積んだナガババやナートババの一部は他方、裏社会のボスのような存在でもある。アマルナートババが調理の中心にいないのは、やはりサントスナートババのほうがサドゥとしての格が上だということを示している。

サントスナートババの話によればやはりアマルナートババはとくに修行を積んだサドゥではないという。だからどうだというわけではない。基本的にはサドゥは平等であるから、修行のありなしではっきりした身分差が生まれるわけでない。ただしその行動はおのずから違ってくる。サントスナートババがタパヴァンの上で歌ったシヴァの歌は修行時代に覚えたものだろうし、ゴームク手前でふんどし一枚になってプジャを行うのはやはり一部の限られたサドゥのみである。


闇の中に腰を下ろしているとアマルナートババがやってきた。彼はいつものように優しく笑いかけてくる。

「ところでシバタ、もう一度繰り返すがサドゥとはこれっきり付き合ってはいけないよ。ワシらのように心優しいサドゥばかりではない。タッグサドゥの話を覚えているな。強盗サドゥだ。強盗サドゥがこの世にはうようよいるんじゃ。分かったかな」と繰り返す。

僕の行動は彼の目にはかなり危なっかしいと映るらしい。

「分かりました」と答えながらも心の中では、そうもいかないんだな〜と僕は一人つぶやいていた。アマルナートババと出会って一週間、人の印象はこんなにも変わるものだ。素朴で温かいアマルナートババともお別れである。

「そうだ。忘れるでないぞ。いつもシヴァとともに大地を歩むように」

これ以上ないという優しい笑顔で彼はしめくくった。



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