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帰り道

旅行記「サドゥを探しに」
第二章 ガンガー源流編の第八話





タパヴァンには二泊はする予定だったがマタジーアシュラムではどうも食料が不足しているらしく、悪いが下山してほしいと翌日の朝に言われた。いまさら他のアシュラムにというわけにもいかない。ここはアマルナートババの定宿である。ともかくタパヴァンに到達したのだからよしとしよう。

サドゥ連中はまた輪になって大麻を吹かしている。サントスナートババはあまり大麻を吸わないほうだが何故か今朝はやけに積極的である。

「あんまり吸うとあの下りで転がり落ちて死んでしまうんじゃないか」と僕は彼をからかった。

「それは違うよ」とサントスナートは笑いながら即座に否定する。

「あんな急坂を正気で下りるほうが怖い。だからガンガン吸っているのだ」



下りはさすがにてこずっていたがもはや戻るべき場所はほかにない。「行きはよいよい帰りは怖い」である。僕は先に下って、下から彼の写真を撮り続けた。ときどきサントスナートババと目が合うが、彼は何も言わない。それは出会ってからずっとそうである。一緒に旅するならずっと写真を撮るから、と僕ははじめに宣言しておいた。いつでも撮って構わない、と彼も応じた。だから彼が疲れていようが危険な目にあっていようがつねにレンズを向け続けてきたのだが、一度として撮るなとはいわれなかった。それどころかレンズを向ければ鋭い目つきできっちりと見返してくれる。

ようやく下り終えてさらに氷河を渡り、数時間後にはゴームク手前の分岐点まで戻ってきた。サントスナートババは河原におり、ふんどし一枚になって軽く沐浴をし、それから座ってプジャのポーズをとる。奥に見えるゴームクを背景に撮っているとサントスナートババが突然「場所が違う」と言いはじめた。

「上を見てみろ。尾根の向こうにほんのちょっと見えている山だ。あれはシヴァリンガだ。シヴァリンガが写るように撮ってくれ」

彼はついに映像にまで口をかさむようになった。僕は地べたにはいつくばり、サントスナートババの褐色の肌と水の流れと山と空を一枚の写真に収めた。


その日はボジバーサーのアシュラムに泊まる予定だった。アマルナートババとガイドとIさんが先に行き、サントスナートババと僕があとからアシュラムに到着した。疲れたからアシュラムでチャイでも飲んで、と思っていたのだが、アシュラムの様子がどうもおかしい。誰かのどなり声が響きわたっているのだ。声の主はなんとアマルナートババである。怒りの鉾先はアシュラムの人々に向けられている。

温厚で平和的な彼にいったい何があったのだろう。とはいえ、まずはことの次第を静観するほかない。口喧嘩が暴力沙汰になることはインドではまずないのだから慌てる必要は全然ない。今分かっているのは、アマルナートババの怒りがおさまったところで、みんなそろって上の茶屋に移動し、今日はそこで宿泊するということだ。サントスナートババも一緒に抗議をはじめるが、とくに熱くなることはない。アシュラム側もただ呆然と聞いているだけで反撃に出ることもなかった。


五分ぐらいでアマルナートババもようやく静かになった。それを機に五人は丘の上の茶屋へと向かった。トラブルの原因は、アシュラムのボーイが「お前たち、日本人から荷物や金を奪おうとしているんじゃないか」などとアマルナートババをからかったためらしい。

「ワシがそんなことをするわけないだろう」茶屋に到着しても彼の怒りはおさまらない。僕としては、アマルナートババが外国人と旅行したばかりにトラブルになって、なんだか悪いことをしたな〜と思うばかりである。しかし彼は「そんなことは気にするな。ワシはな、二度とあのアシュラムにはいかない。ボジバーサに来ても茶屋に泊まることにする」と怒りを再びぶちまけた。

一方、サントスナートババはというと、そんなことはすっかり忘れている。

「それより早くチャイを頼んでくれよ」とあいかわらずのわがままぶりを発揮する。そこへガイドが意気揚々と戻ってきて、「今日はあそこに泊まれるらしい。もちろんベッドもあるよ」と茶屋の横にたつ立派なテントを指差した。 「だいぶ値切ったよ」などとうれしそうである。まあ彼なりに気を使っているのだろう。しかし値切ろうがどうしようが金を支払うのは僕である。茶屋でごろ寝なら宿泊費はタダ同然であった。まったく困った人たちである。でもまあ今日は打ち上げみたいなものだしちょっと奮発するか。Iさんに五分の一を持ってもらってあとの四人分はこちら持ちだ。だんだん接待旅行のようになってきた。僕は子供のようにいじけているアマルナートババに声をかける。

「いっぱいカレー食べて機嫌を直してね」



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