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タポヴァンへの道

旅行記「サドゥを探しに」
第二章 ガンガー源流編の第六話




次の朝は晴天である。アシュラム門前に早々と三人が集まった。アマルナートババとIさん、そして僕である。友達がそこにいるというのでガイドのソンパールは茶店に泊まっていた。彼が下りてきたら出発である。

ところでサントスナートババの姿がどこにも見えない。アマルナートババも知らないらしい。アシュラムを見てまわるがやはりいない。おかしいな〜、と話しているとガイドのソンパールが上の茶屋から降りてきた。

「サントスナートババが見当たらなくてね」

「えっ、サントスナートババならもう出発したよ」

「どこに?」

「それはタパヴァンじゃないの」

「いや〜、サントスナートババには留守番してもらおうと昨日アマルナートババと一緒に決めたんだけど…。話してなかったっけ?」


しばらく歩いたところでようやくサントスナートババに追いついた。彼は大きな石の上に寝転び、杖を銃に見立てて空に突き上げ、「カシミールだ」と笑った。カシミール、インドの紛争地帯である。つまりカシミールのように俺も戦う、という意味であろう。アマルナートババも呆れ顔だがもう何も言わない。サドゥが行くと決めたら勝手に行かせるしかない。途中で動けなくなったらみんなで戻るしかないだろう。もし彼が崖から転落して死んだら、…まあ縁起のいい場所で死んでよかったと思えばいいのか…。

ところでサントスナートババがこの旅で死んだらその死体はどうするんだろう、と僕はさらに考える。ガンジス川河岸で死んだサドゥは火葬にしないでそのまま川へ流すと聞いた。サドゥはサドゥになった時点ですでに一度死んだものとみなされている。だから葬式は必要ない…。

サントスナートババが死んだ場合であるが…、今歩いているのはまぎれもなくガンジス川河岸である。彼が死んだらやはり放置がふさわしい。とりあえずそういうことにしておこう。


道はゴームクの手前から左の斜面を登る。この辺りはまだそれほど険しい道ではない。右手には深くえぐれたゴームクの谷間が見えるが源流自体はここからは見えない。斜面を登りきると次は氷河を歩いて対岸へ渡っていく。すでに源流を越えた場所に僕たちはいるのだ。つまり、これからわたろうとする氷河はガンジス川の水がゴームクから流れ出る手前の部分であり、おそらく地下奥深くにはガンジスの水が轟々と流れているはずである。

ちなみにこの氷河をさかのぼって峠を越え、向こう側の氷河を下りていくと第一章の舞台バドリナートへと抜けられる。もちろん大変な道である。ガイドとポーターを何人も雇って命がけで行くしかない。しかも歩いて約二週間の行程だ。

氷河を渡るといっても氷はほとんど見られない。その上に堆積した土や岩の荒涼とした風景が続く。平坦な道だが巨岩がところどころを塞いで非常に歩きにくい。サントスナートババはそんな場合も杖を支えにジャンプしては岩に飛び乗り超えてゆく。ものすごい勇気とパワーである。そんな彼の目の前には伝説の苦行者バギラティーの名を冠する山々、そして右上方にはシヴァリンガと呼ばれる山が屹立している。まさにサドゥのために用意された劇場を思わせる。この風景を前にすれば、サントスナートババも怯むわけにはいかないのだろう。僕は彼の後ろにぴったりとはりついて写真を撮り続けた。サントスナートババもそのことを十分に承知しているからさらにスピードを速めて歩き続ける。


ようやく対岸にたどり着いた。しかしまだまだ行程の半分を過ぎたところだ。目の前にはガレだらけの急坂がそびえたっている。その上に真っ青な空。天上界はもうすぐである。登るにしたがい斜面はどんどん急になっていく。マイペースで歩き続けていたアマルナートババもようやく日傘をたたんだ。いよいよ苦しくなったかと思ったら後ろを振り返ってはにた〜と笑いかけてくる。

「どんな道でも決して急がず、ゆっくりゆっくり歩くのが旅のコツじゃよ。急ぐとまっさかさまに転落だよ。そういえば何年前だったか、ワシはいつものようにここを登っておったら上から人間が降ってきたことがある。それをワシが受け止めたんだよ。西洋人の女性だった。あなたは私のお父さんだわって、えらく感動していたもんだ」

そりゃそうだろう。そのまま転落していたら間違いなく即死である。そこへサントスナートババが口をはさむ。

「登りはいいけど帰りは怖そうだな〜」

「タパヴァンまで到着したらあとは死んでも本望じゃないの?」

「まあそうだな」と笑顔である。みんなタパヴァンを前にしてちょっと浮かれているのだ。それはそうである。昨日の時点では寂しく三人で登る姿を想像していたのだ。こうして五人で到着できればこれほどうれしいことはない。

正直言って、僕がガイドと二人であればこの旅は結構楽な山旅というにすぎない。たぶんたいした感動もないだろう。淡々と登り淡々と降りてくるだけである。それが二人のサドゥと出会ってIさんも加わりまるで巡礼団のように聖地を目指して歩く。一度こんなことをやってみたかった。

道は途中からアマルガンガーという川の左手を登っていく。天上の楽園タパヴァンではこのアマルガンガーが草原の中をゆるやかに流れていくのだいう。見下ろすとガンジス川上流の氷河がはるか遠くまできれいに弧を描いているのが見渡せる。小さな湖もいくつか見える。まさに別天地の光景だ。一緒に眺めていたサントスナートババが口を開く。

「これが神々の神殿だ。自然に出来上がった神殿なんだよ。寺なんて比べ物にならない」



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