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旅行記「サドゥを探しに」
第二章 ガンガー源流編の第三話




その日の夕方、サントスナートババと一緒に対岸の森を歩いた。森に続く一本道の奥にパンダヴァゴパという洞窟があるという。インド最大の叙事詩「マハーバーラタ」に登場する五人の兄弟が隠れ住んでいた場所だという。パンダヴァは五人、ゴパは洞窟である。

「五千年前の話だ」とサントスナートババは胸を張った。小雨が降るあいにくの天気だがサントスナートババはいたって元気だ。巨大な岩や大木を見つけては「この前で写真を撮ってくれ」と要求してくる。

「何年か前にビデオのドキュメンタリーのモデルになったこともあるんだよ。だからどこが絵になるか俺は分かるんだ」と彼は得意満面である。おそろしい自己顕示欲である。ただし僕の立場からすればこれは非常にありがたい。写真写りも良さそうだ。カメラを向けると顔を引き締めぐっと目を見開いてくれる。

「ところでタパヴァンには行ったことはあるのか」と僕は尋ねた。前にも書いたが、タパヴァンというのはガンジス川源流ゴームクからさらに標高の高い場所にある聖地である。すごく美しいと聞いていたので出来るものなら行きたい。

「一度行こうと思ったんだが途中で怖くなって断念したんだよ。でも今回は行くよ」

「でも片足では危険なんじゃないか?」

「それはそうだ。モンキーロードだよ。猿のようにはいつくばって登っていく道だ。でも今回は行く」

サントスナートババの歩きを見る限りゴームクまでは大丈夫だ。何度も行ったという彼の話も本当だろう。しかしその先、モンキーロードとやらはさすがに無理だろうと思ったが、彼は「大丈夫、大丈夫。俺は絶対行く!」と鼻息荒く言い放つ。典型的な戦うサドゥーである。そしてかなりわがままそうだがこちらとしては望むところである。一緒に旅するあいだに何百枚も写真を撮ることを考えたら、彼のような感情豊かなサドゥーのほうが退屈しないはずである。


次の日の朝もサントスナートババは河原で僕を待ち受けていた。一緒に河原に座ってしばらく雑談する。彼はさも当然のように僕のタバコを勝手に抜き取り気持ち良さそうに吸っている。しかしこれは序章である。

「俺、クッカーが欲しいなあ〜」と彼は何気なくつぶやいた。

よく分からないが何かの調理器具のことらしい。仕方がない。買いにいくか、と二人して村に一本しかない商店街へと向かった。一軒の店で主人が取り出してきたものを見るとなんと圧力釜である。値札を見ると結構な値段である。サントスナートババはというと「これが気に入った」などとすでに買う気満々である。といっても当然、金を払うつもりはまったくない。数秒考えた。しかし躊躇している場合ではない。断れば明日からの山歩きは破談になるだろう。僕は「確かにいいクッカーだ」とか何とか言ってさっさと金を支払った。

「じゃあこれで昼飯を作ろう。ご馳走するよ」サントスナートババはご満悦である。

サドゥと旅をするというのはこういうことである。つまり僕たち一般人はサドゥの旅のスポンサーになるのである。聖地ではサドゥーの宿泊は基本的に無料だからそれは構わない。ただし、そのほかの食べ物や飲み物は当然こちらもちとなる。さらに旅のあとにはいくらかの寄付を求められるのも当然であろう。別に外国人に限ったことではない。インド人集団がその先導役としてサドゥを立てるケースも珍しくない。多くは集団の出身地から有力サドゥを連れてくるが、貧乏人集団なら聖地でサドゥを調達する場合もある。僕の場合は後者にあたるわけだ。

どうしてサドゥを先導に立てるか?それはサドゥが聖域の案内人であり、神々に愛されるサドゥとともに聖域を旅するのは縁起がよいと信じられているからである。僕の場合はそれにくわえてサドゥの写真を撮ってドキュメンタリーを作ろうというさらなる魂胆を秘めている。サントスナートババもそれは承知である。だからとりあえずジャブを打ってきたのだ。


昼飯はうまかった。キチュリと呼ばれるインド風おじやである。

「ここは聖地だから本当はニンニク禁止なんだが、これがないとパンチが出なくてね〜」と隠し持っていたニンニクをすりつぶしてキチュリにたっぷりと加えた。ルールを守らないところがさすがサドゥである。というより、俺がルールだ、というのが彼らの本音であろう。「ヒマラヤの聖地を見つけ出したのはもともとサドゥなんだよ」と彼は何度も口にしていた。

ところで、僕はちょっと気になることがあって、その疑問を彼にぶつけてみた。

「よく分からないんだけどね、アマルナートババは僕とゴームクに行くことをそんなに快く思っていない気がするんだけど…」

最初はやたら積極的に近寄ってきたアマルナートババであったが、その後は、僕がほかのサドゥの写真を撮っているのを何となく鬱陶しそうに見ているような気がしていたのだ。何日も旅するわけだから僕としてははっきりしておきたい。でも、これはサントスナートババに聞くだけ無駄であった。

「そんなことはないよ。彼はシヴァと行くことを喜んでいるはずだ。何の問題もない」

シヴァというのは僕に付けられたニックネームである。それはともかく、サントスナートババが他人の気持ちをいちいち考えるわけがないのである。


この日の午後、Iさんという日本人女性と河原で出会った。昨夜ガンゴートリーに到着し、ゴームクへも行くつもりなのだという。しかし聞いてみると山の経験はほとんどなく装備も不十分である。本人も不安を感じているようだ。山歩きとしては簡単なコースだと思うが危険な箇所もあり時間もかかる。しかも標高は約四千メートル、大雨が降ると崖崩れの危険もある。

それで、「もしよかったら、一緒に行きませんか。ただ、僕はサドゥの相手をしなければいけないので気は使えませんが…」と彼女に提案した。それでも一緒のほうがいいとIさんは言った。これで五人目の同行者が決まった。

Iさんを誘ったのはもちろん彼女を心配したからだが、じつはもう一つ理由があった。わがままサドゥの二人組みである。ガイドのソンパールがいるとはいえ一人では手に余ると僕は踏んでいた。だいたいガイドにしたってどんな人間かも分からない。いずれにしろ女の子がいれば、みんなちょっとは遠慮するだろう。これで用意万端である。


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