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一本足のサドゥ

旅行記「サドゥを探しに」
第二章 ガンガー源流編の第二章




次の日、僕は朝から河原を散歩していた。目の前はもちろんガンジス川である。濁流を思わせる茶色い水の流れは猛烈に速く、周囲の音を消し去るくらいの轟音が鳴り響いている。まるで台風一過を思わせるような激しさだ。さらに五百メートルくらい下流にはスーラジクンドという巨大な滝があり、流れてきた水が一気に五十メートルくらい下の滝壺へと落下する。天から降ってきた水の流れをシヴァ神がその長い髪の毛に絡めとって受け止めたとされるのがこの辺りである。

太古の昔にはガンゴートリーまで氷河が続いていたというから、ここがまさにガンジス川源流だったのだ。その後、数千年の年月を経て氷河は十四キロ上流ゴームクまで後退してしまった。現在は周囲を林で覆われているガンゴートリーだが、大昔はもっと荒涼とした風景だったのだろう。

ガンゴートリーでの滞在は四日程度を予定していた。そのあとはガンジス川源流のゴームクである。歩いて一日ちょっとというからたいした山歩きではない。ただ、ゴームクからさらに半日歩くとタパヴァンと呼ばれる世にも美しい聖地があると聞いた。サドゥの小屋があるというから泊まることも可能かもしれない。そのためにはまずガイドを探さなければ…。

などとあれこれ考えていると、突然「ジャパニ、ジャパニー!」と呼ぶ声がした。周囲を見渡すと、対岸の岩の上に座っている一人のサドゥがこちらに向かって何ごとかを叫んでいる。しかしガンジス川の轟音が邪魔しているから何を言っているのかは分からない。それにしても元気なサドゥだな〜と思っていると、彼はやおら立ち上がった。一本足のサドゥである。昨夜、アマルナートババのアルバムで見た男だ。たしか名前はサントスナートババ…。

僕は「そっちにすぐ行く」と手で合図し、早速橋を渡って対岸へと向かった。


サントスナートババは格別の笑顔で僕を出迎えてくれた。そして流暢な英語で自己紹介する。生き生きとした表情と猛禽類を思わせる鋭い目つきが特徴的である。ただしその瞳は透き通るように美しい。目は口ほどにものをいうのだ。やんちゃそうだがワルではなさそうだ。

「とりあえずテントに来い」というので彼とともにバススタンドの方角へと向かった。当然彼は一本足だがそんなことをつい忘れてしまうようなスピードでどんどん歩いていく。歩く姿もひどく躍動的である。彼は一本の杖しか使わないのである。それを二本の腕で支え、まるで飛び跳ねるように前進する。これはよほど腕力がないと出来ない技だ。

彼の仮住まいのテントはバススタンド裏手の林のなか、ガンジス川源流への登山道に面した場所にある。周囲にはたくさんのテントが並んでいる。たいていはサドゥの住みかだが、なかには放浪者集団や乞食のテントもあるらしい。いわば社会のはみ出し者ばかりが集まる場所である。はみ出し者の代表がサドゥなのはいうまでもない。


テントの広さは約二畳。二人寝ればいっぱいのスペースだが、ときには知り合いのサドゥが泊まることもあるという。

「日本人のサドゥを泊めたこともある。もう昔の話だが…」

「どんなサドゥだったの?」と訊くと、「お前アゴーリーを知ってるか?」と逆に質問してきた。

「もちろん。人食いサドゥだね」

「そうだ。日本人サドゥはそのアゴーリーだったんだよ」

驚きである。火葬場などに住んでその残り肉を食すという変人サドゥ集団である。ベンガル地方がその本拠地であると聞いたことがある。その日本人サドゥはその後帰国したらしいとの噂だが本当のことはよく分からないらしい。

サントスナートババは「ホテルを引き払ってここに泊まれよ」と迫ってきたが、いくらなんでもそれは時期尚早というものである。僕は彼のことをまだ何も知らない。それに昨日のアマルナートババだってここの住人である。二人に身ぐるみはがされる可能性もなくはないし、第一こんなせまい場所で寝なければいけないほど金に困っているわけではない。だから断ったが、僕からもある提案をした。

「もし可能ならゴームクまで一緒に行かないか?」

「じゃあそうしよう」

あっという間に話は決まった。

「明日からでも大丈夫」とサントスナートババは即座に答えた。

「アマルナートババは?」

「彼も行くよ」

「でも彼に聞かないと」

「大丈夫だよ。いつでも行ける。今年はまだゴームクまで行ってないし、そろそろ行こうかと話していたところだ」

万事がそんな調子だったが、すでに約束してしまった。出発は明後日とした。



いったんテントを出てすぐにガイド探しである。道自体は簡単だから別に必要ないともいえるが、こちらはカメラ機材があるので荷物を持ってもらいたい。それになんといっても同行者に問題がある。一人になるのか二人になるのかは不明だが、彼らとは別にまともな人間も欲しい。

ガイドはすぐに見つかった。ソンパールという名前の若い男である。英語は片言だが性格は良さそうだ。夏の数ヶ月だけガンゴートリーに滞在し、客を見つけてはトレッキングガイドをやっているという。冬は平野部に下って適当な仕事をしているというからいわば季節労働者である。

出身はここガルワール地方の山の村で今も実家がそこにある。村で畑を耕しのんびり暮らすことも可能だそうだが、まだ若いので落ち着かないのだ。年は二十四歳、ガイドとしてはもっともあつかいやすい年齢である。今回はサドゥが同行するから気楽な仕事とはちょっといえない。頭の固い中年のガイドでは対応できないだろう。

「じつはちょっと変わった同行者がいてね…」と僕は彼に切り出した。

「サドゥなんだよ、しかもたぶん二人」

一瞬戸惑ったようだが何しろ仕事である。

「ノープロブレム」と即答した。さすがプロのガイドである、というか背に腹は変えられない、ということだろう。

彼の反応を見ても分かるように、一般インド人のサドゥにたいする視線はおおむね冷たい。仕事もしないくせに自由気ままに遊び暮らし、人にタカって飯を食っているわりにはプライドが高い。まあ嫌われても仕方がないところだが、サドゥ自身もそれはもちろん承知である。承知した上でさらに非常識な行動に出るのである。憎まれて困ることなど何もないのだ。嫌われ軽蔑されることでサドゥはさらに強くなる。人からの憎悪は飯の種のようなもの。世間に対して遠慮も未練もすっかりなくなったところにサドゥとしての完成した形がある。少なくともそうやってサドゥは数千年の時代を生き抜いてきた。僕はそこにサドゥの純粋な精神を見てきたのだが、そうはいっても僕も所詮は俗人である。サドゥと付き合うのが大変であることには変わりない。だからガイドが必要なのだ。


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