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アマルナートババ

旅行記「サドゥを探しに」
第二章 ガンガー源流編の第一話




サドゥを探し求めて旅していたのはデリーの北北東に位置するウッタルカンド地方と呼ばれる山岳地域である。中国に接する北の国境地帯には万年雪をいただくヒマラヤ高峰がずらりと並び、そしてヒマラヤ直下の丘や谷間に多くの聖地が点在している。この神秘的な土地を象徴するのが、この地域を源流とする大河ガンジス(ガンガー)である。

そのガンジス川源流の聖地がガンゴートリー、第二章の舞台となる。正確にはさらに谷を上り詰めた氷河の割れ目ゴームクが本当の源流だが、まずはガンゴートリーから物語を始めたい。ガンゴートリーを最初に訪れたのはバドリナートを訪れる一年前の夏であった。まだサドゥを撮りはじめて日が浅い頃であった。

到着した翌日の夕暮れ、僕はガンガー女神をまつる寺院の裏手をうろついていた。よく分からないが、こういった薄暗い場所にサドゥはいるものである。別に無理して探していたわけでもない。どんな町であっても気がつくと自然と裏道へと足が向く。それはほとんど習性のようなものである。獣が獣道を歩くように僕は裏道から裏道へと歩いていく。

ただし裏道というのは別に路地という意味ではない。表か裏かといえばここは裏だな〜、と普通に思える場所のことで、たいしたこだわりはない。また変に危険な場所に行きたいわけでもない。同じような旅をしていても歩く道が違えば出会う人も違ってくる。人生の裏道を歩き続けるサドゥに密着するようになったのも思えば自然な成り行きだった。


寺院の裏手を伝っていくと境内を見下ろす高台に出た。そろそろアラティ(夕方の礼拝)の時間である。ライトアップはまだされていないが境内にはすでに多くの人が詰め掛けている。今日はのんびりここから眺めるかな、と僕は座り込んだ。そこへふいに、ショールを巻いた一人のあやしげなサドゥが現れた。たっぷりとヒゲをはやした顔は何となく憎めない雰囲気である。年は結構いっている。五十過ぎだろうか。男は僕を見てにや〜と笑った。

「ワシはサドゥじゃ」男は開口一番そう言った。あまりに唐突だがじつはよくある展開である。つまり、男にとって自分が何物なのかを、まず相手にアピールする必要があるのだ。目的はたぶん金であろう。雑談するだけなら自分がサドゥであることを理解してもらわなくても構わないはずだ。「サドゥだ」と宣言するのは話のあとで何がしかの期待をしている証拠である。ただし、サドゥが金をちらつかせたとしても、それだけの理由で彼らを避けることはない。そんなことを言い出したら誰とも付き合えなくなってしまう。誰だって金は欲しい。素直に要求する分だけかえって害意はないともいえる。

僕は再び男に目をやった。男はちょっと照れたような笑いを浮かべて「ワシはサドゥというものだ…」と再び言った。

「もちろん分かっていますよ。え〜っと、じゃあさっそく写真を撮らせてもらおうかな」と僕はカメラを構えた。暗いからストロボだがとりあえず何でも撮ってしまおう。

男の名前はアマルナートババ。アマルナートというのはここガンゴートリーよりはるか北、カシミール地方にあるヒンドゥー世界随一の聖地の名前である。

「もちろん毎年アマルナートには行っとるよ。七月になったら出発じゃ。それにな、ワシはカイラスにも行ったことがある。しかも二度行った。もちろん歩いて行った。それにガンゴートリーにはじめて来たのはもう三十年ぐらい前のことじゃ。ワシはな〜、もう三十年以上も旅しとる」


アマルナートババはひとしきり旅行自慢をしたあと、肩から下げていたバックの中身をゴソゴソと探しはじめた。出てきたのは汚れきった一冊の写真アルバムである。

「見ろ!」ということである。この手の写真はこれまでもいっぱい見てきたが、残念ながらろくな写真はない。カメラも撮影技術もプリントも管理もすべて最悪である。色あせたスナップが何十枚と現れるだけだ。しかしこれもサドゥの宝物である。ゆっくりと見ながら適当な質問などしてあげないとサドゥは拗ねてしまう。

何気なくページをめくっていて僕はある写真のところで手が止まった。一面を雪におおわれた真っ白な大地に二人の男がたっている。一人は目の前にいるアマルナートババ、そしてもう一人はふんどし一枚のサドゥであったが、その男にはある大きな特徴があった。片方の足が膝下から切断されていたのだ。ハンディキャップを持つサドゥは多いがたいていは乞食サドゥ、つまりサドゥまがいである。でも彼はあきらかに違った。鋭く尖った顔つきと立派なドレッドヘアーのれっきとしたサドゥである。僕は何枚かある彼の写真をじっくりと眺めた。


「それはガンゴートリーだよ」とアマルナートババが口をはさむ。

「いやそうではなく、この男は?」

「サントスナートババだよ」名前をいわれても分からない。

「このサドゥと会ってみたいな。今どこにいるんだろう?」

「ん?…こいつはワシと一緒にここで住んでおる。今日見なかったか?」

アマルナートババは自分たちが住むテントの場所を詳しく教えてくれた。

「明日、来い!」

「はあ、一度行ってみます」

これでこのあやしげなサドゥと縁が出来てしまった。片足のサドゥと会うためである。アマルナートババも僕の表情を見て何かを感じたのであろう。さっそく当初の目的である物乞いを開始する。

「そうだ!ちょこっと金をくれんかな?五百ルピーくらいでいいんだが…」

五百ルピーは法外である。それでも明日はお邪魔するわけだから、と僕は二十ルピーを手渡した。彼は軽く笑みを浮かべて闇の中へ消えていった。




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