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サドゥは山賊?

第一章 バドリナート編の第五話

旅行記「サドゥを探しに」



谷間での撮影を終えてバドリナートの街に戻り、その全体を眺めるベンチに座って僕は立て続けに砂糖なしのブラックティーを飲んだ。ネパール人サドゥのクティアで飲んだ甘ったるいチャイのおかげで今も胃がむかむかする。とりあえず一仕事終わったわけだし今は普通の人々を眺めながらのんびりしたかった。

春から秋にかけて開かれるこの巨大な聖地は六月である今がもっとも賑わう時期である。街のあちこちから人々の賑やかな歓声が聞こえてくる。賑わいは川を挟んだ橋の向こう岸の温泉場、さらに急な斜面を登りつめた場所にあるバドリナート寺院へと続いている。ビシュヌ神をまつるその寺は、菱形にたとえられたインド大陸の北を護持する重要な聖域であり、ヒマラヤで一番の人気を誇っている。山の上の聖地らしからぬ賑わいに最初はわずかに失望を感じていたが、あの暗く険しい谷間から帰ってくると心の底からほっとする。

大寺院の背後に白くそびえるのがニールカンタという雪山であり、そのふもとに、ここからは見えないがあの谷間がある。谷間にいたる山道の途中にもいくつかのクティアが点在しており、ここからも小さくではあるが見ることが出来る。その周囲は牛が散歩する牧草地帯が広がり、ところどころに民家が立ち並ぶ。その辺りは地元民の領域であり、似たような村がガンジス川の支流アラクナンダー川という大きな川に沿う比較的大きな平地部分に点在している。


街中にもサドゥの姿は多い。彼らの多くは放浪中の身であり、夜は建物の物陰などで寝るか、あるいは長めに滞在するため簡易小屋を作って暮らしている。簡易小屋の多くはその軸となる大ぶりのつっかえ棒と黒いビニールシートからなる粗末なものだ。食事は街に点在しているアシュラム(ヨーガなどを教える宗教施設)から無料でもらってくる。食事の無料配給はそれぞれのアシュラムで時間が定められていて、時間になるとその門前にサドゥーや貧しい巡礼が三々五々に集まってくる。それはインドの聖地でよく見られる日常的かつ平和な光景でもある。そうした人々の営みの中心にあるのがバドリナート寺院であり、その巨大な建物が街のどこからでも眺められるのもまた自然なことである。まさに理想的な寺院都市であるといいたいところだが例外もある。洞窟クティアが点在する暗い谷間である。


チャイを飲んでいるベンチからその谷間が見えないことはすでに書いた。当然クティアのある谷間からも街を見ることは出来ない。街からそれほど遠くないのに、一歩その谷間に足を踏み入れると突然世界が変わってしまったように感じるのもそのためである。あの谷間でサドゥたちはあたかも聖地に背を向けるように暮らしているのである。

サドゥを聖者にたとえる人もいるが、彼らにその言葉は似合わない。聖者は普通の人々から慕われ尊敬されるものである。本当の姿はどうあれ人々の模範になるような存在であるはずだが、谷間のサドゥたちは全然違った。世間の目をまるで気にしていないどころか、むしろ偽悪的でさえある。あのネパール人サドゥのようにわざわざ人の恐怖心をあおって喜ぶようなサドゥもいた。

僕はそんな彼らの姿に三途の川の番人「奪衣婆(だつえば)」のような存在を重ねていた。生と死の境界線に居座る謎の監視人であり、三途の川を渡る死人たちから財産衣装のすべてを剥ぎ取り地獄への引導を渡すおそろしい鬼女である。ここバドリナートにおいては人々が暮らす街と神々の住処であるヒマラヤとの境界に居を構え、その辺りをうろつく旅行者の金品を物色するのである。実際、ネパール人サドゥは僕にしつこく金を迫った。サドゥーと付き合えばそれなりの布施をするのは当然だし、サドゥが何がしかの期待をするのも理解できる。でも彼の要求は度を超えていた。サドゥというより山賊である。



「奪衣婆」もやはり山賊の一種であろう。その起源はやはりインドにあるのだが、一説によると何とシヴァの妻ではないかというから驚きである。サドゥは男だからどうかとは思うが、サドゥとシヴァとの深い関連を考えれば、奪衣婆の正体は本当にサドゥだったかもしれない。あるいはモデルとなった女サドゥがいたのかもしれない。

サドゥの世界は不気味である。聖者だと思って付き合うと大変な目にあうかもしれない。とはいえ、奪衣婆であろうが何であろうが強いオーラを感じるサドゥはやはり撮りたい。しかも彼らの住処は折り重なりあう巨岩に囲まれた洞窟である。洞窟のなかで一体何をやっているのかはよく分からなかったが、彼らが普通出ないことは確かだ。僕はサドゥの普通でない部分に惹かれていた。



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