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ネパーリーサドゥ

旅行記「サドゥを探しに」
第一章 バドリナート編の第四話




次の日もまたその次の日も僕は谷間へと通いつめた。そして何度もあの洞窟クティアを訪れ暗い室内でチャイをすすった。長い外套を着込んだあの男にも再会した。洞窟の主人は僕を見るなりすぐに「この男の写真は撮らないように」と釘をさした。

「この男はムニババなんじゃ。無言の行をやっとるんだよ」

やはりそうであった。十二年を一単位として行うサドゥの世界ではポピュラーな苦行の一つだ。それと写真との関係は不明だが、本人が撮られたくないなら仕方がない。撮るものはすでに撮った。もう終わったことである。それに僕は、また新たな被写体を見つけてすでに観察を続けていたのである。

それは昨日の夕方、谷間の奥で見つけたもう一つのクティアの主である。ちょっと厄介そうな男であった。薄いヒゲと日本人にも共通する顔つきを見れば、教えられなくとも彼がネパール人サドゥであるのはすぐに分かった。最初はへらへら笑いながらもおとなしく洞窟をのぞいていたが、突然奇声を発して誰彼の区別なくその場にいるサドゥたちを非常な早口で罵倒しはじめる。しゃべることの出来ないムニババにも容赦はない。変人である。何を考えているのかはまったく不明だが、奇妙に醒めた部分と興奮しやすい部分とが複雑に絡まりあって、それが何かの拍子に爆発するのである。

彼の鉾先は僕のほうにも向けられた。彼のことを何度か「ネパーリーババジ」と呼んだあとだった。「ババジ」というのはサドゥにたいする呼びかけの言葉だからこれは問題ではない。彼が怒り出したのは「ネパーリー」という部分であった。

「俺はババだ!ネパーリーババと呼ぶな、このボケ!」と怒りを爆発させ、次の瞬間にはやはりへらへら笑いながら早口で僕を罵倒しはじめる。まったく困った男だが、今は突き放すわけにはいかない。つまりこんな変人ではあるけど僕としてはなぜか写真を撮りたくなってしまったのだ。といってもいきなりカメラを向ければ怒りだすのは目に見えているから、まずは彼が落ち着くのを待つほかない。骨が折れそうだな〜、と僕は軽くため息をついた。ただし撮りたいという気持ちはどんどん強まるばかりである。


このような変人をどうして撮りたいのか?と、読む人は不思議に思われるかもしれない。たしかに彼は変人である。でも変人だから撮らないというのであればサドゥの写真は成り立たない。サドゥは程度の差こそあれ、多くは変人である。そこに凡人とは違った魅力があるのだから、変人であればあるほど惹きつけられる。

僕はサドゥを一般的な善悪で区別して写真を撮るわけではない。サドゥを選ぶ基準はいろいろあると思うが、まずはそのサドゥが醸し出すオーラである。オーラの種類は何でもいいのだ。それに凡人である僕にオーラの種類まで分かるわけではない。それよりもより力強いオーラを感じることが出来れば十分なのだ。少なくともネパール人サドゥにはそれがあった。

ネパール人サドゥの姿を目で追いながら、僕は一年前のヒマラヤ旅行を思い出していた。そこでもある一人のネパール人サドゥーに出会った。彼も変わっていた。ポーカーフェイスでほとんど口を開かない。ほかのサドゥーともあまり打ち解けることはないが、それでいて、どこからともなくふっと現れ、そして気がつくと消えている。普通なら気にもならないような存在なのかもしれないが、彼には不思議な存在感があったし、その風貌も独特だった。例えるならキョンシー映画などに登場する謎の道士を彷彿とさせる。彼もまたモンゴリアンの血を引くものであり、用心深い目と薄いヒゲを持っていた。

このネパール人サドゥとは二日間にわたって何度か顔をあわせた。すぐに写真を撮りたいと思ったがうまくいかない。「撮らせてくれ」と頼みもしたが、彼は露骨に顔を背けた。そんな状態ではとてもいい写真は撮れない。この時はほかのサドゥと旅をしていたので時間もなかった。最後はそれとなく気を許すような態度も垣間見えたが、結局チャンスは訪れなかった。縁がなかったということである。

しかし今、僕は新たなネパール人サドゥを前にしている。あの謎の道士に負けないくらいの強く個性的なオーラが彼にはあった。前回撮り損なっただけに今回に賭ける思いは非常に強かった。



結局二日間にわたってこのネパール人サドゥーを追いかけることになった。そのやりとりについては詳しく書かない。近寄ると背を向けて遠ざかり、遠ざかるかと思うと今度はにたにた笑いながら近寄ってくる。まさに変幻自在、この男も謎の道士であったか。あまり付き合っているとろくなことはないな、と思いながらも諦めて帰るのもやはり悔しい。最後は彼の洞窟クティアを訪れ、上半身裸で雄々しくポーズをとる彼の姿を何とか写し止めることが出来た(サドゥ本に登場)。彼が僕に与えてくれたのは時間にしてわずかに数秒だった。

ついでに言えば、ネパール人サドゥの洞窟で出されたチャイは異常なほど甘かった。飲んだ瞬間、思わず吐きそうになったほどである。彼は僕の戸惑った様子を見ながら、ひひひひひ〜と笑った。

「うちのチャイは甘いだろう。甘ければ甘〜いほどうまいんだよ」

それにしてもあやしげな谷間であった。仙人と謎の道士、それにずっと黙ったままの行者が住む異界である。人気も少なく、閉ざされた世界であっては何がおこっても不思議ではない。ネパール人サドゥを撮り終えたあと、僕はふと自分の凡人としての立場を思い出して薄ら寒い気分になった。





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