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サドゥの洞窟

旅行記「サドゥを探しに」
第一章 バドリナート編の第二話



暗い谷間でようやく見つけたクティアには四人のサドゥがいた。うち二人は来客である。 僕は幸運にも、ちょうど彼らが帰るところに居合わせたようだ。そんなことがなければ、すぐ脇を通ってもその存在に気づかないような場所である。

巨岩に穿たれた入り口を見てようやくこのクティアの構造が少し飲み込めた。そこはまさに洞窟であった。これまで何度もクティアを見てきたがこんな原始的なものははじめてである。正直おそろしくもあったがそれに勝る好奇心が湧き上がるのを抑えることが出来ない。

来客が帰ると同時に雨が本格的に降り始めた。それを機に僕は仙人のような主人に招かれクティアの新しい客人となった。室内は非常に暗く最初は顔の判別もつかない。主人は「朝から時計が見当たらなくてね〜」と、懐中電灯片手に真っ暗な室内を盛んに探し回っている。


暗闇に目が慣れるにしたがいようやく部屋の様子が分かってきた。主人の万年床が洞窟の一番奥にあり、その壁際に小さな火が燃える素朴な祭壇があった。入り口から奥の壁までは約五メートル、幅二メートルほどの横長の構造になっている。高さは一メートル半ぐらいだから立ち上がって歩くわけにはいかない。薪を燃やす竈が部屋の脇にあり、それとはべつに灯油を燃料とするストーブも置かれている。

部屋に入ると、主人に付き従っているような中年の男がすぐにチャイを作り始めた。客が来ればチャイを飲むのはどこのクティアでも同じである。ヒマラヤ山中をうろつきすっかり冷え切ってしまった体を熱いチャイがゆっくりと温めていく。

主人はなおも時計を探していたが、「暗い!明日だ」と言ってこちらを向いた。仙人のような男、というのが最初の印象だったが、間近で眺めるとまた違った感じを受けた。やんちゃそうな目に笑みが浮かんだ。

「何をしに来たんだね?」とは言わない。クティアを訪れる客はたいてい来たいから来たのだ。それにサドゥは基本的に暇である。クティアに住むサドゥにとって、客の応対は数少ない仕事のひとつである。来客は立ち去るさいに多少のお金を置くのが常識であるから、来客への応対はサドゥにとっては貴重な収入源になるのだ。当然対応も慣れていて、突然やってきた言葉もあまり通じないような外国人相手でも臆することはない。


洞窟の主人はひとしきり世間話をしたあと、今度は自転車でインド大陸を一周したときのことを話し始めた。自転車はデリーで手に入れたという。

「自転車はどうしたかって?それは当然貰ったんだよ」

主人はガキ大将のような得意満面の顔になった。彼はデリーに続く街の名前を、行った順番に次々と列挙しながらインドをぐるりと巡ってみせた。聞いたことがない街の名前がいくつもあった。分からない顔をすると、あの街の北だ、南だ、と詳しくその地理を説明してくれる。サドゥのほとんどは旅好きなので地理にはやたら詳しかったりするのだ。当然旅の経歴もすごい。インドを一周する程度は基本中の基本である。洞窟の主人が「自転車で回った」ことを強調するのも、その旅が特別なものだったことを自慢しようという意図がある。

サドゥのなかには、チベットのカイラスに二度行った、なんていうツワモノもいるぐらいで、旅の経歴はまさにサドゥのステータスといってもよい。一般インド人がサドゥを尊敬するとすればまさにその一点ではないかと疑うほどである。

なんといってもサドゥには時間がある。しかも金を使わずに旅する術を持っている。インド全土にサドゥ同士のネットワークがあるし、なければ野宿をいとわない。料理もうまい。鍋の一つもあればあっという間に料理を作ってしまう。サドゥは旅のプロでもあるのだ。


二十分ほどの旅行話は再びデリーに戻ってきたところで終わった。話が終わると主人は再び懐中電灯を手に持ち、「それにしても時計はどこにいったのかな〜」とまたゴソゴソと探し始めた。

僕は土間の火にあたりながらしばしのんびりとした時を過ごす。主人はいつの間にか時計探しをあきらめひっくり返って寝てしまったが、しばらくして突然起き上がり、「もう一杯チャイが飲みたい」と言い出した。自由奔放なサドゥーにありがちなわがままタイプである。

チャイを作るのはともに暮らす中年男であったが彼はサドゥ然とした格好ではない。非常に物静かで、用がないときにはお経のような書物を読みふけっている。おそらく中年になってこの世界に入ってきたのだろう。サドゥといえるのかどうかも分からないが、わがままサドゥと物静かな中年男の組み合わせは意外に悪くないのかもしれない。わがままサドゥがこのクティアの主であるのは確かだが、だからといって両者のあいだにそれほど厳密な師弟関係があるわけでもなさそうだ。中年男は淡々とした調子でチャイを沸かし始めた。



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