インドカレーが好物である。旅先ではほぼ毎日二食は食べるので、これまで食べてきた回数は1500回を軽く超えるだろう。これだけ食べればいやでも好きになる。インドだけでなく、マレーシアや香港にいたときもインド料理屋に通っていた。バンコックでも、チャイナタウンのはずれにあるインド人街に行ってカレーを食べることがある。
インドカレーは基本的に美食ではない。むしろ、素朴な味が魅力だ。豆カレーはとても一般的だが、味はシンプルであればあるほどいい。唐辛子と生姜、それに数種の香辛料をさっと炒めた鍋に、やわらかく煮た豆を流し込んで味をつけたら出来上がり。もう一つ、インドの食卓で欠かせないのがジャガイモ。これもカレーにする。味はやはりシンプルだ。ネパールやインドの最北ラダックではほうれん草のカレーもよく食べた。畑から今さっき取ってきた野菜はとてもうまい。
インド人は一般的には野菜ばかり食べているが、ベンガル地方では川魚のカレーがうまい。カレーというより魚の煮付けのような雰囲気だが、味の濃い川魚と香辛料とのバランスが素晴らしい。川魚と香辛料とは思いのほか相性がいいようだ。ネパールの山奥を歩いていたとき、地元の漁師から買った新鮮な川魚を、宿のおばちゃんにさっとカレー炒めにしてもらった味は忘れられない。
南インドでは最高の菜食料理が食べられる。よく出来たものはまるで精進料理のように絶妙な味わいを持つ。特にタミル地方がうまい。皿代わりのバナナの葉っぱにご飯と数種の惣菜、漬物(アチャール)、マメのせんべい(パパド)が盛られ、最後に数種のカレー汁をご飯にかける。素材は普通だが、味にそれぞれ変化があり、食べあわせがとてもいい。
肉料理はあまりないが、食べたければイスラム食堂がおすすめ。タンドーリーチキン、カバブ、それからマトンカレーがうまい。チキンカレーは個人的にはそれほど好きではない。味が淡白なので、香辛料に負けてしまいがちだ。それに比べてマトンは独特の臭みがある。香辛料はその臭みを包み込みながら、マトンのもつ潜在的な旨みを最大に引き出すのだ。ベンガルの魚料理もそうだが、臭みのある素材には実にカレーがよく似合う。野菜なんかも日本のものだとうまくない。もっと味がぐっと詰まっているやつでないと香辛料に負けてしまう。
インドカレーは素朴な味が身上だから、やはり家庭料理で食べたいものだ。レストランよりも全然うまい。寺で出されるカレーも味わい深い。食べる前にみんなで神への賛歌を歌うこともある。ありがたいな、と思うと食事はどんどんうまくなる。
インド料理のうまい食べ方は酸味の使い方にある。南インドでは意識的に酸味を料理に取り入れているので食べやすいが北インドはやや単調になりがちだ。そこで利用するのがヨーグルトの酸味。これを混ぜて食べると味に変化が出るし、辛味も抑えられる。そして何よりも胃にもたれない。ヨーグルトは定食には普通ついてくるが、頼んでも安い。ヨーグルトサラダのライタもおすすめだ。
インドにも高級レストランはたくさんある。味はいろいろだが、一つ言えるのは、あれは毎日食べられるものではない、ということだ。味がこってりしているし、量も予想外に多い。インドカレーは特殊な素材を調理する習慣がないので、高級にしようと思うとともかく味を濃厚にして豪華にするほかなく、生クリームやギー(インドバター)をふんだんに使うことになる。インドで日本の駐在員がまず困るのは食事だという。胃にもたれるし、酒にあうサカナもあまりない。いっそのこと、そこら辺の安食堂で庶民的なカレーを食べたほうが満足できるかもしれない。(2004年秋)
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